知る

生成AIによる「革命後」を想定してDX戦略を策定 関西電力の組織に根付きつつあるマインドとは?

人材育成 DX事例

すさまじい速さで進化するAIによって、2030年ごろには破壊的なイノベーションが起こる──。そんな「AI産業革命」の到来を想定し、バックキャストで再構築したDX戦略を推進する関西電力。この変革を推進力として、中期経営計画(2021-2025)の柱に掲げる「KX(Kanden Transformation)」の実現を目指しています。

「従来の関西電力のままではいけない、より広く社会のインフラ、サービスを担う企業グループになりたいという思いがあります」と背景を語るのは、IT戦略室長の上田晃穂氏。育成すべき人材に必要なスキルとマインドを「デジタルスキル標準(DSS)」を下敷きにして定義。「高度DX人財・各部門のDX推進者・全社員」の3層に分類した「DX人財戦略」を展開しています。

「人間にしかできない業務」に特化していく

──DXを本格的にスタートさせたのは2018年ですね。

IT戦略室長 上田晃穂氏(以下:上田):この年にDX戦略委員会を立ち上げ、各部門にもDX推進体制を構築しました。また、総合コンサルティング企業のアクセンチュア株式会社と合同でデジタル専門会社「K4 Digital(ケイフォーデジタル)株式会社」を設立し、関西電力グループのDXにおけるPoC(概念実証)などの技術支援を手掛けています。

2016年の電力自由化をはじめ、脱炭素化、少子高齢化、分散化といった電力業界の変化に対応し、課題を解決するためには「デジタル化」を欠かすことはできません。特に近年の生成AIの著しい進化を受けて、当社は「人間にしかできない業務」に特化していくことを基本的なDXの考え方としています。生成AIの登場によって、それ以前に策定していたDX戦略とはギャップが生じてしまいました。そこで、近い将来に訪れるであろう「AI産業革命」が起こった後に関西電力はどうあるべきか、そのビジョンからバックキャストしてDXロードマップを描き直したのです。

IT戦略室長 上田 晃穂 氏

事業部門DXでは「各事業領域におけるデジタル変革」、オフィス業務DXでは「AIエージェントと創る新たな働き方」によって「価値創出」「生産性向上」を図ります。そうして目指すのは、中期経営計画(2021-2025)の柱に掲げた「KX(Kanden Transformation)」の実現です。KXは、ゼロカーボンへの挑戦「EX:Energy Transformation」、サービスプロバイダーへの転換「VX:Value Transformation」、強靭な企業体質への改革「BX:Business Transformation」の三つの変革からなり、その基盤として最も重要なのが「人財・体制」だと位置付け整備を進めているところです。

業界に「閉じていない」視座を与えてくれたDSS

DX人財像(関西電力様提供資料)

上田:最初に着手したのは、人財像を定義すること、そして身に付けるべきスキルとマインドを明らかにすることでした。その際、DSSで示されているロールを組み合わせて関西電力向けにアレンジし、「デジタル新規事業・サービス創造人財」「ビジネス改革人財」「データ活用人財」を当社のDX人財像として定めました。そして、従業員を「高度DX人財」「各部門のDX推進者」「全社員」の3層に分類し、それぞれに2025年度末までの育成目標人数を設定しています。

例えば、データ活用人財は、DSSのデータサイエンティストのロール「データビジネスストラテジスト」「データサイエンスプロフェッショナル」「データエンジニア」を組み合わせて定義したものです。各部門のDX推進者では「データアナリスト」、高度DX人財では「データサイエンティスト」と、データ分析の習熟度のレベルによって呼称を変えています。

これまでは、関西電力という企業の中、電力業界の中で必要とされる知識に基づいてスキルを管理する仕組みを作ってきました。ただ、それはある意味で閉じた世界においての視野から出てくる発想なので、どこかに抜けている要素があったり、最新の技術に追随できていない点があったりしたかもしれません。DSSは多様な業界を踏まえた知見で組み立てられていますし、生成AIも含めて新しい技術をカバーしていますので、基準として安心して活用できるという感覚です。人間はどうしても自分が経験したこと、持っている知識を前提にしてものごとを捉えてしまいますから、そうしたバイアスを取り払って高い視座、マインドセットをもたらしてくれるツールだと思っています。

──「全社員」のDXリテラシー向上について、どんなアプローチを。

上田:できるだけ分かりやすく、覚えやすくしたいと考え、スキル・マインドセットをA、B、C、Dを頭文字とする四つの項目に整理しました。まず、Aは「アジャイル」です。世の中はすごい速さで変化しているわけですから、ゆったりと時間をかけてシステムやサービスを開発していたら、その間に顧客の関心も市場の傾向もどんどん移り変わります。出来上がったものをいざ投入しても、お客さまがいなかった……となりかねません。変化を柔軟に取り込んでいくマインドが大切だと研修で学びます。

Bは「ビジネスインテリジェンス」です。事実から新たな知見を得るためのデータ分析に当たって強調したのは、きれいなグラフが出来上がったら終わりではないという点です。データで現状を見て、それを次の行動に結び付け、業務に反映させてはじめてデータ分析が意味をなします。

Cの「顧客体験(CX)」では、出発点として「顧客にとっての価値とは何か」を強く意識付けします。研修で用いる「価値のピラミッド」は、商品・サービスの価値とは、品質やコスト削減といった「機能的価値」、物語性や非日常体験などの「情緒的価値」、そして自己超越や他者への奉仕によってもたらされる「社会的価値」で構成されることを表しています。機能的価値を中心に訴求しがちだったところから、関西電力が目指す「VX」にのっとって、情緒的価値、社会的価値の重視を呼びかけています。

そしてDは「デジタル技術」を指します。顧客・市場分析、将来動向予測、設備劣化予測、最適化などデジタルが得意なこと、できることを例示して、自身の業務と重ね合わせていく意欲を喚起します。さらに生成AIについては、「人とAIの共創の時代」へと進んでいることを伝え、われわれが心がけるべきことをまとめました。仕事、生活のあらゆる場面にAIが浸透している状態を「前提」とした業務プロセスとは何か、思考の転換を促進しています。生成AIに関するメルマガや動画研修を案内したところ何千人もの社員が生成AIのトライアルに申し込んでくれたり、自主的にさまざまな部門やグループ会社の人たちが集まって生成AIの活用法を学ぶコミュニティを立ち上げたり、すごくいい流れになっていると感じています。

「心理的安全性」の確保で挑戦できる組織へ

──モチベーションを高める取り組みも盛んですね。

上田:毎年、DX風土の醸成を目的とするイベント「Kanden Digital Day」を開催し、他社からDXの先進的な取り組みを実践している方を招いての基調講演や、当社の各部門でDXを牽引した「DXな人たち」の表彰を実施しています。またドローンやロボット、IT・DXのソリューションといった各事業部門によるDXの成果を公開する展示セッションも設けていて、リアルとオンラインを合わせて1000人以上が参加し、満足度も90%に達しています。

当社のDX推進では、各部門でのこんなことをやってみたい、ここに困っている、そうしたニーズや課題をどんどん出してもらい、それらをK4 Digitalが吸い上げて効果や実現可能性が高いものからPoCや開発に向けて動くという体制で進めています。例えば社内ヘルプデスクが以前は電話やメールで対応していた業務を、生成AIが回答する仕組みに改革することで業務負担軽減や正答率の向上、迅速な解決につなげるなど、具体的な成功事例も増えています。

DX人財戦略(関西電力様提供資料)

──改めて、DX推進のポイントはどのようなところにあると思われますか。

上田:DXはスキルだけでなく、やはりいかにして戦略的に組織の風土として「マインド」を組み込んでいくかがポイントだと思っています。具体的には、「心理的安全性が確保された職場環境」の整備が重要です。「こういうふうにしたい」と思っていても上司に言えなかったり、誰かが忙しくしているのに見て見ぬふりをしてしまったりと、話しやすさや助け合い、挑戦を歓迎する組織風土がなければ、新しいアイデアも出てこないでしょう。

一方で、単に心理的安全性だけを高くしても、それは「ヌルい組織」になってしまうリスクもあります。心理的安全性が高く、かつ個人・組織の成果を最大化できる、そういう会社でありたいと考えています。「DXな人たち」の表彰なども、成果を上げた人をしっかりと評価することで、さらにいい事例が増えるのを促すことにつながっていると思います。DXの本質は「X」ですから、変わらなければなりません。そのきっかけを危機感の共有や事例紹介、研修受講などで提供し、心理的な壁を取り払って、一緒にビジョンに向かっていくメンバーを増やす、それが変革として浸透していけばと思っています。

取材協力

関西電力株式会社

関連リンク

DX推進に必要なスキルを知ろう デジタルスキル標準とは?

DXを推進するために必要なスキルとは 「人材」を「人財」として捉える株式会社イトーキのDX人財 育成方法

デジタル人材育成とDSS(デジタルスキル標準)活用 「DXは、最初必ず失敗します」とトヨタが言い切る真意とは?

自社の現状を見つめ、人財育成の方向性を定めるいい機会に── 帝人が取り組む「自律的DX」とは

「自分に何が足りないのか」を考えられる集団へ  大日本印刷のDXは組織を有機的に変化させていく

デジタルを共通言語に社内外のつながりを強化 大成建設の「DXアカデミー」とは?

「未来のENEOS」からバックキャストして「どんなデジタル人材が必要か」を導き出した

ゼロカーボンエネルギー社会を見据えて東京電力は「徹底的なデータ化」で変革に挑む

研修の中で具体的な「成果」も出す  熱量あふれるデンカの育成プログラム

  • ホーム
  • 知る 記事一覧
  • 生成AIによる「革命後」を想定してDX戦略を策定 関西電力の組織に根付きつつあるマインドとは?

concept『 学んで、知って、実践する 』

DX SQUAREは、デジタルトランスフォーメーションに取り組むみなさんのためのポータルサイトです。みなさんの「学びたい!」「知りたい!」「実践したい!」のために、さまざまな情報を発信しています。

DX SQUARE とは