「分析力」から「勝ち筋を導き出す力」へ。生成AIで変わるデータサイエンティストの役割
データ活用 人材育成
生成AIの普及により、これまで人が担ってきたデータ分析の多くが自動化されつつあります。「データサイエンティストの仕事はなくなるのではないか」といった声も聞かれるようになりました。
そんななか、2025年11月、データサイエンティスト協会(産学連携でスキル標準を策定している団体)による「データサイエンティスト スキルチェックリスト」が大幅に改訂されました。
生成AI時代において、データサイエンティストはどのような役割を担うべきなのでしょうか。
今回は、スキル定義委員としてスキルチェックリストの改訂に携わった3名による座談会を実施。改訂のポイントやその狙い、さらにデータサイエンティストの現在と未来について語り合いました。
データサイエンティストとは「データで価値を創出するプロフェッショナル」
── そもそもなのですが、データサイエンティストの定義について教えてください。データエンジニアやデータアナリストとは何が違うのでしょうか。
株式会社ディジタルグロースアカデミア 代表取締役会長 高橋範光氏
株式会社ディジタルグロースアカデミア 代表取締役会長 高橋範光氏(以下、高橋):データエンジニアは、データ加工やデータベースの操作に特化した職種であり、データアナリストはデータ分析に特化した職種です。
一方で、データサイエンティストは「データサイエンスとデータエンジニアリングの両方を活用して、ビジネスで価値を創出するプロフェッショナル」とデータサイエンティスト協会では定義しています。
私がデータサイエンスに携わったのは、学生時代の1990年代にならった「経営工学」の「オペレーションズ・リサーチ(OR)」や「最適化のシミュレーション」です。
その後、コンサルタント時代にWebサーバのログ分析を行っていましたが、当時はデータサイエンティストなんて呼び方はなかったです。現在データ分析に関する社会人教育を行っています。
そうしたデータまわりの仕事を担当する職種が「データサイエンティスト」と呼ばれるようになったのは、データサイエンティスト協会が設立された2013年前後です。当時は「もっとも魅力的な職種」として話題になりました。
── データサイエンティストが注目を集める中、2017年に新設されたのが、日本で初となる滋賀大学データサイエンス学部です。森口さんはその一期生だそうですね。
日本航空株式会社 カスタマー・エクスペリエンス本部 マーケティング戦略部 顧客データ戦略室 森口翼氏
日本航空株式会社 カスタマー・エクスペリエンス本部 マーケティング戦略部 顧客データ戦略室 森口翼氏(以下、森口):そうですね。もともと、ナンバーワンよりもオンリーワンでありたい性格で、日本初で誰も入学したことのなかったデータサイエンス学部を選びました。祖父が数学教師だったこともあり、数学への抵抗がなかったのも大きかったと思います。
高橋さんがおっしゃったとおり、当時はデータサイエンティストという職種への関心が高まり始めていた時期でした。
── 現在は航空会社のデータサイエンティストとして、どのような業務を行っているのでしょうか。
森口:さまざまな顧客データを分析し、ビジネス上の仮説立案や課題設定につなげるのが主な仕事です。
意思決定者からの要望に対して、適切なデータ分析結果を提供する役割も担っています。たとえば顧客データには、搭乗データや属性データ、アンケートデータ、Webの履歴データ、決済データなどがあり、それらをひとつの顧客IDで突合させて活用しています。
また、航空会社ならではの強みですが、過去のデータだけでなく、将来の予約データ、つまり未来のデータを活用できます。そうすることでお客さまの理解がよりいっそう進むという面白さがありますね。
── 神谷さんは、また違った立ち位置でデータに携わっておられると伺いました。
IPA デジタル人材センター 人材プロモーションサービス部 研究員 神谷龍氏
IPA デジタル人材センター 人材プロモーションサービス部 研究員 神谷龍氏(以下、神谷):実は、私自身はいわゆるデータサイエンティストではありません。もともとはSIerで人材育成に携わっていましたが、データ活用には興味を持っており、その現場で「データを意思決定に活かす面白さ」を感じていたんです。
現在はその経験を活かし、データサイエンティストのスキルチェックリストの改訂やタスクリストの整備を担当しています。人材育成とデータ活用という自身の関心が、現在の業務にうまく結びついたと感じています。
高橋:その人材育成の視点こそが、今回のリスト改訂でも大きな鍵になったんですよね。
生成AIの普及で「仕事がなくなる」という危機感があった
── データサイエンティスト協会がまとめている「スキルチェックリスト」とは何でしょうか。
高橋:「どういう人がデータサイエンティストなのか」をより明確に定義するため、データサイエンティスト協会のスキル定義委員会で必要スキルをリスト化したものがスキルチェックリストです。
かなり膨大ですが、ひとりのデータサイエンティストがこれらすべてを満たす必要はありません。使い方としては、各企業や組織が自社で求められるスキルをチェックリストからピックアップして、育成や採用に活用することを想定しています。
── 2025年11月に第6版が公開されました。この改訂の背景について教えてください。
高橋:一番の理由は生成AIの普及ですね。それまでデータサイエンティストが担っていたデータの加工や分析といった作業が、生成AIでかなり自動化できるようになってきました。そうしたなかで、データサイエンティストのスキル定義をあらためて見直す必要があると考えたことがきっかけです。
森口:データ加工や分析がコモディティ化(一般化)するなかで、データサイエンティストの仕事がともすれば「単なる作業」になってしまうのではないかという危機感がありました。我々の仕事はそんな作業ではないということを強くアピールする必要があったんです。
高橋:議論のなかでは、「データサイエンティストという仕事がなくなるんじゃないか」といった話も出ましたね……。
ただ、いくらデータ分析が自動化されても、その結果を活用してビジネスで価値を創出する役割はやはり人が担うべき部分です。そこで、その方針に沿ってスキルチェックリストを改訂することにしたというわけです。
神谷: まさにその「人が担うべき部分」をどう定義し直すかが、最大の論点でしたよね。
今回の改訂でスキル数は全体として650項目から845項目になった(データサイエンティスト協会「次代のデータサイエンティストへ~スキルチェックリスト、タスクリスト更新~」より)
改訂のポイントは「ビジネス力」が「価値創造力」に置き換わったこと
── 皆さんはスキル定義委員としてスキルチェックリストの改訂に関わられたそうですが、議論のなかでポイントになったのはどこだったのでしょう。
森口:今回のスキルチェックリストの改訂で一番のポイントになったのは、「ビジネス力」というカテゴリを「価値創造力」というカテゴリに名称変更したことだと思います。
いままでは「課題の解決」がデータサイエンティストの主な仕事だと言われていたのですが、それだけではなく、「課題を設定する」ことや「価値を創造する」ことまで範囲が広がった形です。旧「ビジネス力」カテゴリのスキルは、コアな項目をのぞき、ほぼ入れ替わりました。
神谷:ここはかなり議論した部分でしたね。
── 「価値創造力」とはどう解釈すればよいでしょうか。
高橋:噛み砕くと、KPIを見つけ出す力であり、データから勝ち筋を導き出す力と言い換えてもいいでしょう。私はこの変更はむしろポジティブなものだと捉えています。
というのも、これまでもデータサイエンティストの仕事は価値創造であるべきだったのですが、実際にはデータ入力や修正、レポート作成のような単純作業に追われていました。本来担うべき価値創造まで手が回っていなかったのが実態だったのです。
しかし、今後は生成AIに前段階の作業を任せられるのですから、ようやく本来の仕事ができるようになったと言えます。
神谷:振り返ってみれば、これまでも「何がデータサイエンティストの仕事なのか」という点については議論があったんです。ともすれば、データ分析を作業のように行うだけになりかねない部分もありました。
これまでは「データやAIを扱えるのがデータサイエンティストだけ」だったので、問題が顕在化しなかったんですね。
ところが、生成AIは使うだけなら誰にでも使えてしまう。データやAIを使うことが特別なことではなくなったからこそ、一気に「データサイエンティストの役割」を見つめ直すことが議論の俎上に上がってきたわけです。
従来の「ビジネス力」が「価値創造力」に(データサイエンティスト協会「次代のデータサイエンティストへ~スキルチェックリスト、タスクリスト更新~」より)
── 具体的なイメージを知りたいのですが、森口さんが実際に社内で価値創造を実現した事例はありますか。
森口:まだまだ自分には価値創造力が足りていないと思いつつ……僭越ながら紹介させていただくなら、マイレージに関する新アプリの開発ですね。
これは日々の決済でマイルをためて、マイルで交換できる特典航空券などのサービスにかんたんにアクセスできるアプリです。実は入社1年目に、社内のビジネスオーディションに挑戦し、そこで提案したプロダクトなんです。
私が入社したのは2021年で、コロナ禍の真っ只中でした。航空会社であるJALも危機に瀕していました。そうした状況もあって「本業である航空事業以外の収益の柱を作りたい」と考えたんです。これまでの航空データだけでなく、アプリを通じて日常のデータも蓄積し、お客さま理解をさらに深めることで、航空以外のシーンでも新しい価値を提供する狙いです。
いま思えば、まさに今回の改訂で定義された「価値創造力」を自分なりに体現しようとした経験だったかもしれません。
スタート地点を決めず、どこから始めてもいい「タスクリスト」
── スキルチェックリストだけでなく、「タスクリスト」も更新されました。タスクリストとは何でしょうか。
神谷:これは、IPAがITスキルの学び直しの指針として策定した「ITSS+(プラス)」という枠組みのなかで公開されているもので、スキルチェックリストを背景にしながら、現場で具体的にどんなタスクとして落とし込んでいけばいいのかをチェックするためのリストです。
今回の改訂では、AI利活用タスクリストを大幅に変更しました。「構想・探索」「設計」「構築・運用」「適用・進化」という4つのフェーズを設定しているのですが、ポイントはこれらが一本道で流れるのではないということです。
AI利活用タスクの構造図。どこからでもスタートできる(データサイエンティスト協会「次代のデータサイエンティストへ~スキルチェックリスト、タスクリスト更新~」より)
高橋:少しだけ補足すると、この図には二つの特徴があります。
ひとつは、データサイエンスの「サイエンス(仮説の立案と検証)」と「エンジニアリング(反復しながら作る)」を往復しながら、価値創造につなげていく流れを表現している点です。それぞれのフェーズを繰り返しながら、フィードバックし、ときには前のフェーズに戻って改善したりする想定です。
もうひとつの特徴は、スタート地点が決まっていないことです。いまなら生成AIを使って、要件定義もなくいきなりアプリが完成するみたいなこともできますよね。そうやってまず作ったものを使ってもらって、要望が出てきたら直していくといった始め方もできてしまいます。
そういった新しい形のプロジェクトも想定し、あえてどこからスタートするかを決めませんでした。
まずは得意領域から。すべてをひとりでこなす必要はない
── データサイエンティストとして活躍するために、一番重要なスキルは何だと思いますか。
神谷:もちろん、全部重要ではあるのですが、とくに事業などのドメインの背景も踏まえて、仮説を立てて検証する力はもっとも必要とされるスキルだと思います。
森口:おっしゃるとおりですね。問いを作るスキルがとても重要ですが、それはデータサイエンティストだけでは限界があるときも多いです。実際に現場へ出向いて知見を得たり、ほかの人と共創することが必要になってくると感じます。
その意味では、組織や業界を横断して共創するスキルが大事になるんじゃないでしょうか。
高橋:データとビジネスの現場をつなげて見る力が重要だと思っています。現場の変化はデータに表れるものだし、データを見ると現場の問題がわかるはず。ただ、そのためにはドメイン知識とデータを見るスキルの両方が必要です。それぞれがリンクすることが大切なんです。
一方で、予想もしていない変化が技術やデータに起きることもあります。だからこそ、技術やデータに対する探究心もデータサイエンティストには持っていてほしい。
さらに、分析で終わらせず、施策に落とし込み、何度も繰り返しながら成功を目指す諦めない心も必要になると思いますね。
── データサイエンティストになりたい人はまず、どこから入るのがいいでしょうか。
高橋:人によってスタート地点は違います。数学をやってきた人ならデータサイエンスの領域が入りやすいと思いますし、そうでない人は価値創造力から入ってもらうのがいいと思います。
得意な領域をまずクリアして、そこからほかの領域に派生して勉強することをおすすめします。すべてをできるようになる必要はありませんから。
神谷:その先に、今回新しく設けた「融合領域」があります。AIエージェントやIoT、マルチモーダルAIやロボティクス系まで含む非常に高度な内容で、正直に言って、これをひとりで完璧にこなすのは絶対に不可能です。
高橋:あれを全部自前でやろうとすると、そこで止まってしまいますよね。
神谷:そうなんです。だからこそ「自分はここを担当し、あそこは専門家を巻き込もう」という連携の視点を持ってほしい。自分のキャリアの軸を見定めるための基準として、この膨大なリストを使っていただきたいんです。
森口:私はデータサイエンティスト検定に挑戦するのもおすすめしたいですね。データサイエンスを取り巻く基礎的なスキルを網羅的に学ぶことで、自分の強みと弱みがわかるようになります。そのうえでスキルチェックリストを活用していただきたいです。
神谷:そうですね。それに、もし、まわりにデータサイエンティストの方がいるなら、そういう人も巻き込んで勉強するのもいいでしょう。独力で学び続けるのは大変ですから。
データサイエンティストにはチャンスがたくさん転がっている
── 今後、データサイエンティストの役割や重要性はどのように変化していくと考えますか。
森口:生成AIにより、問いに対して正確な回答が返ってくる時代になりました。一方で、「何を問うか」がより重要になっています。誤った問いのうえでは、どれだけ高度な分析をしても意味がありません。だからこそ、ここまで繰り返し話してきたように「問いを作る力」が今後ますます問われるようになるはずです。
また、データサイエンスは英語以上の共通言語になり得ると感じています。人と人とをつなぐ学問として、これからさらに盛り上がっていくと思います。
神谷:データサイエンティストにとってよい時代ですよね。多くの人を巻き込みながら、データに関する知見を生かして価値創造や意思決定に関わっていくチャンスがたくさん転がっていると思います。
高橋:データから問題を発見し解決するのは、誰もが取り組むべきことだと思います。将来的には全員がデータサイエンティストになる時代がくるんじゃないでしょうか(笑)。
データと聞いて尻込みするのではなく、好きなところから始めて、楽しみながら分析してみてほしいですね。
取材・構成・撮影:山田井ユウキ
編集・制作:株式会社はてな
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