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富士フイルムのDX人材育成戦略。 DSSで支える全社変革の基盤

DX事例

富士フイルムホールディングス株式会社は、写真フィルムで培った技術を核にヘルスケア、エレクトロニクス、イメージング、ビジネスイノベーションと事業を拡大してきました。同社がデジタル化を進めるなかで掲げたのは、全社員がデジタルスキルを身に付け主体的に変革を推進する「All-Fujifilm DX推進プログラム」。DX基盤の柱に「人材」を据え、全社員がDX人材として活躍することを目指しています。

その中核に位置付けられているのが「デジタルスキル標準(以下、DSS)」です。富士フイルムがDSSをどのように活用し、どのように全社変革を進めているのか。執行役員・CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)としてDX人材育成の戦略を担う杉本征剛氏に伺いました。

写真フィルムからDXへ――富士フイルム変革の軌跡

──富士フイルムの事業について教えてください。

執行役員 CDO 杉本征剛氏(以下、杉本):創業は写真フィルムの製造・販売ですが、1980年代以降のデジタル化の波を受け、事業の高度化と多角化を進めてきました。現在はヘルスケア、エレクトロニクス、イメージング、ビジネスイノベーションの4分野で事業を展開しています。

こうした変革の過程で痛感したのは、デジタル技術の進化が極めて速いということです。限られたIT専門人材だけでは会社全体のDXや社会的価値の創出を持続させることは難しい。急速に進化するデジタル技術を活かして事業の競争力を高めるためには、社員一人ひとりがデジタルスキルを身につけ、自ら主体となって事業変革を推進できる体制作りが不可欠だと考えました。

──具体的にはどのように体制を整備されたのでしょうか。

杉本:2021年に社長主導で全社的なDX推進を掲げる「All-Fujifilm DX推進プログラム」を立ち上げ、DXビジョン、行動規範、DX基盤を策定しました。DX基盤はセキュアで柔軟・強靭なITインフラを土台に、製品・サービスの高度化、業務の生産性向上とクリエイティブ業務へのシフト、そして人材の強化という4つの要素で構成しています。

そのなかでも人材については、DXを支える重要な柱のひとつとして位置付け、育成に注力してきました。「多様なDX人材の育成・獲得」と「データに基づいた人材配置の最適化」を掲げ、育成対象を一部の技術者から全従業員へと拡大しました。

執行役員 CDO ICT戦略部長 杉本征剛氏

全社一丸で挑むDX基盤。その中心に人材を据えて

──貴社におけるDX人材の定義を教えてください。

杉本:DX実現に必要な人材を3つのタイプに分類しています。第一に、事業部から選抜されるDX推進リーダーである「ハイブリッド人材」。ビジネススキルとデジタルスキルを兼ね備え、事業や業務の大きな変革を牽引します。

第二に、IT部門の「IT専門人材」。最先端のIT技術や専門スキルを用いて、技術面からDXを支える役割です。

第三に、全社員が対象の「DX活用人材」。ツールやデータを活用し、現場の業務を効率化して高付加価値業務にシフトしていきます。

──人材育成の枠組みはどのように構築したのでしょうか。

杉本:人事部門と連携し、それぞれの人材に必要な育成体系を設計しました。「DX活用人材」はまずマインドセットから始め、DXになぜ取り組むのかを十分理解してもらったうえで、IT・AIの基礎から応用へ段階的にスキルを積み上げます。

「ハイブリッド人材」には、研修でのスキル習得を促すほか、一定レベルに達した人材には3ヵ月程度の「育成ブートキャンプ」を提供しています。「育成ブートキャンプ」では、事業部の実課題を持ち込み、CEOが議長を務めるDX戦略会議でしっかり選定し、プロジェクト形式で解決へ向けROI仮説を設定。上位実務者が伴走しながら仮説検証を行い、成果が見込めればプロジェクト化して継続推進します。研修で得られる知識・経験だけでなく、プロジェクト自体も実用的なものにすることで、量より質を重視した少数精鋭体制で、成果と学びの両立を図っているわけです。

「IT専門人材」にはスペシャリスト育成研修を用意し、それぞれの人材が連携して難易度の高いプロジェクトを推進できる体制を整えています。

DX人材の育成体系

──事業や経営にもいい影響がありそうですね。

杉本:「ハイブリッド人材」の成果として、ブロックチェーンを使ったシステムを開発してサプライヤーと連携し、在庫最適化を果たした事例がすでに生まれていますし、新規事業創出でも複数のチャレンジが進行中です。こうしたDX推進は社外からの評価向上にも繋がっています。

社員としても自己のスキルと到達像が見えることで学習意欲が向上し、組織エンゲージメントや採用・定着にもよい影響が出ていると感じます。

──「ハイブリッド人材」となることは社内の評価にも繋がるのでしょうか。

杉本:成果を出したプロジェクトは社内の表彰制度で選定されるほか、立役者の「ハイブリッド人材」をスターとして積極的にPRしています。具体的には、直接取材を行い成功事例として当社グループのポータルサイトに掲載するほか、社外向けにも記事や講演の題材として情報発信しています。

──育成における指針や標準は何を活用していますか。

杉本:当社のIT部門では「情報処理技術者試験」や「ITスキル標準(以下、ITSS)」を活用してIT専門人材を育ててきました。その後、全社員向けの素地作りとして「ITパスポート(以下、iパス)」受験を推奨し、7,000名以上が取得支援講座を受講しています。iパスはビジネススキルとITスキルがほどよくミックスされ、DX初級者のリテラシー向上に最適です。

これらを活用していたことから、DX人材育成にあたってDSSに自然と行き着きました。ITSSやiパスと親和性が高く、ロールとスキルを横断的に体系化していることから、現在はDSSを中核に据えています。

3類型のDX人材が創造する事業変革の新たな連携

──DSS採用の決め手は何だったのでしょうか。

杉本:当社では全社員が「DX活用人材」であるとし、DX人材育成のための研修やeラーニングを全社員が受講できるよう豊富に取り揃えているのですが、数が多いぶん、何をどの順序で学べば目標に近づけるのかが見えづらいという課題がありました。その点、DSSではロールごとの必要スキルと重要度が定義され、学習の順序が具体的に把握できます。たとえばビジネスアーキテクトであれば、どのスキルを重点的に高めればよいかわかるので、社内の講座や研修と結び付けて“最短距離”の学習計画を提示できます。

経済産業省やIPAという中立機関による網羅的・客観的な枠組みである点も信頼できる理由です。

──「IT専門人材」の育成でもDSSを使っているのでしょうか。

杉本:はい。従来はITSSが中心でしたが、今はDSSの「ソフトウェアエンジニア」「サイバーセキュリティ」などの体系をもとに、獲得すべきスキルの重要度や学習順序を明確化しています。ビジネス側の「ハイブリッド人材」とIT側の専門人材を同一フレームで対応できる点がDSSの素晴らしさで、部門横断の連携も取りやすくなりました。

──個々人の学習計画はどのように設計していますか。

杉本:現在はIT部門に限定した取り組みですが、個々人に合わせたeラーニングや研修を提示します。「ハイブリッド人材」については、ビジネスアーキテクトやデザイナーにふさわしい候補者をマネジメント側で抽出し、本人との面談でキャリアの志向を確認。目指すロールとのすり合わせができたら、DSSに基づく自己申告のスキルアセスメントを実施し、求められるレベルとの差分を埋めるeラーニングや研修を実施していきます。

アセスメントはDSSのスキル一覧と重要度をフォーマット化し、自己評価値を入力するとギャップが自動で見えるようにしています。ギャップに応じた推奨講座やeラーニングをAIで提示する仕組みを試行しているところです。いわばAIコーチングシステムですね。ロールごとに優先度の高低があるため、たとえばビジネスアーキテクトではセキュリティの詳細領域は極端に高いレベルを求めず、ビジネス設計や価値提案などの領域を重点化するといった学習の最適化が、AIを活用することでより効率よく実現できると見込んでいます。

DSSを活用したDX人材の可視化と育成

DSSが導く学びの地図。社員の成長を可視化する仕組み

──DSSを導入したことで得られた効果をお聞かせください。

杉本:「ハイブリッド人材」育成のフレームが確立でき、教育プログラムの設計精度が上がりました

また、3類型のDX人材それぞれでスキルを定義できたので、学ぶべき内容に集中できるようになったことも利点です。以前は研修の選択肢が多すぎて迷いがちでしたが、DSSが示す重要度に基づき受講の優先順位も示せるので、eラーニングの活用効率が高まります。社員の学習意欲が高まり、部門のスキル底上げも加速するでしょう。

DSSのような包括的な体系を一企業で練り上げるのは困難です。これがなければロールの到達像と学習の道筋をリンクさせるのに相当の時間を要したと思います。

──AIの活用にも弾みがついた形でしょうか。

杉本:そうですね。全社員のDXリテラシー教育を継続しつつ、生成AIを含む新技術との接続を強めていきます。DSS自体もAIとの関連が整理されつつあるので、学習パスやプロジェクト設計にも反映できるでしょう。たとえば、要件定義やデータ前処理の自動化、仮説の高速検証など、学びと実務の両輪でAI活用を位置付けていきます。

データ民主化の取り組みも進めています。当社ではグループ横断のデータ基盤を整備していまして、BI(Business Intelligence)ツールを使って現場の社員がデータ分析できる環境も用意しています。多くの人に使ってもらい、成果に繋げてほしいと考えています。

スキルの可視化は最適配置にも効果を発揮します。事業部間の偏在を見極めながら、「ハイブリッド人材」の横断的育成を進める土台になると期待しています。

DSSがスキルを高め、未来を拓き、企業の成長を加速させる

──他社がDSS活用を検討する際のアドバイスはありますか。

杉本:最初から完璧を目指す必要はないと思います。まずは自社の人材像をDSSに照らし、ビジネスアーキテクトなど1つのロールからでもよいので学習パスを具体化してみてはどうでしょうか。DSSは各ロールにおけるスキルごとの重要度が客観的に定義されているので、社内教育と結び付けやすく、学習の順序が見えるだけで前進速度が変わると感じています。

──今後の展望をお聞かせください。

杉本:DSSを活用した体系的な人材育成を全社横断へ広げ、最適配置とスキル開発を加速します。とくに、事業とITの橋渡しを担う「ハイブリッド人材」を各事業部に拡充し、新たなビジネスモデル創出と抜本的な業務変革を推進していきたいですね。学習はキャリアに直結するという実感を持てるよう、将来的には人事制度との連動も検討していけたらと考えています。

──最後に、読者へのメッセージをお願いします。

杉本:DX人材育成はDX戦略の根幹です。DSSはその道しるべとなる優れたフレームワークで、到達像と学習順序を社内で共有するのに役立ちます。「難しい」「とっつきにくい」と感じる場合、自社の人材像をDSSに重ねてみると、中身の理解が深まるように思います。小さな一歩が変革の大きな力に繋がるのではないでしょうか。

※掲載内容は2025年10月取材時のものです。


取材協力

富士フイルムホールディングス株式会社

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