「アジャイル虎の巻~わかる!できる!あじゃいる!」のススメ ―― アジャイル開発が気になっているけどまだ踏み出せていない人たちへ
技術解説
「アジャイル開発」や「アジャイルマインド」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
この記事にアクセスされた方は、アジャイル開発やその考え方に関心を持たれているのでしょう。でも、既に本格的にアジャイル開発を実践されている方は少なくて、関心はあるけどまだ踏み出せていない方も多いのだろうと推察します。
ここで紹介する「アジャイル虎の巻~わかる!できる!あじゃいる!」(以下「虎の巻」)は、まさにその様な方たち向けのアジャイル開発やITシステム開発以外でのアジャイル的アプローチを始めてもらうためのガイドです。また、この虎の巻自体が、複数の企業から集まったアシストのソリューション研究会の中でアジャイルを学びながら生み出した成果でもあります。
この記事では虎の巻にどんなことが書かれているのかの概要をざっくりと紹介します。アジャイル開発に踏み出せそうだという感触をつかめたら、次はこの虎の巻を開いて、あなたの仕事でアジャイルの実践に挑戦してみてください。
〔目次〕
・なかなか普及しないアジャイルの「虎の巻を作ろう!」というチャレンジ
- 関心は高いのになかなか実践に踏み出せていないアジャイル開発
- アジャイル入門者たちによる「アジャイルの虎の巻」
- 「アジャイル虎の巻~わかる!できる!あじゃいる!」の構成
・虎の巻「わかる編」:リーダーとメンバーがともに“腹落ち”するために
- プロジェクト立ち上げ時
- アジャイルマインドの共有
- チームビルディングでメンバーの「自信」を高める
・虎の巻 「できる編」:実践のベストプラクティスを少しだけ紹介
- スクラムマスターの課題
- 成果物イメージを共有する段階での課題と対応
- スプリントについての課題と対応
・虎の巻を開いてみよう
なかなか普及しないアジャイルの「虎の巻を作ろう!」というチャレンジ
関心は高いのになかなか実践に踏み出せていないアジャイル開発
アジャイル開発とは、変化するユーザーの要求に対応するために、小さな開発サイクルを回す開発手法のことです。激しく変化する環境に対して、私たちは常にあるべき姿に向けて改善、進化しつづけなければなりません。そのため、「アジャイル」が重要であるとされています。DX SQUAREには「アジャイルとは? 今さら聞けないDX関連用語をわかりやすく解説」という記事があり公開されて以来の人気記事なので、このテーマに関心を持たれている方は多くいる様です。
ところが「アジャイル開発をやってるよ」という人は、それほど多くありません。IPAの「2024年度ソフトウェア動向調査」でもアジャイル開発を使っている企業は、従来からのウォーターフォール型と比べて圧倒的に少ない結果が出ています。
アジャイル入門者たちによる「アジャイルの虎の巻」
ここでは「アジャイル虎の巻~わかる!できる!あじゃいる!」を紹介するのですが、この様なガイド文書はアジャイル開発のスペシャリスト達が集まって作成されたのではないかと思われがちです。ところが実際にはその逆で、メンバーにはアジャイル入門者も多く、アジャイルを学び、実践しながら成果物をまとめたものなのです。
虎の巻の作成は、「スクラム」と呼ばれる代表的なアジャイル開発の手法で行っています。そして、その際に直面した課題(壁)が、作成した虎の巻の中身にも反映されています。
虎の巻を作成するスクラムでの課題(分科会の成果報告講演資料より)
「ウォーターフォールの習慣」や「本業との兼ね合い」「プロダクトのイメージ」といった課題は、システム開発をする場合でも起こりがちな課題です。虎の巻の中でこれらの「壁」について解説した部分について、この記事の後半で簡単に紹介します。そして、「メンバーが自律して行動できないこと」が最も影響の大きい課題であり、ここに立ち向かっている点が、虎の巻が獲得した最大の成果と言えるでしょう。
「アジャイル虎の巻~わかる!できる!あじゃいる!」の構成
虎の巻の作成時と同様に、中身の説明も「スクラム」と呼ばれる代表的なアジャイル開発の手法をベースにしています。ところどころにスクラムで用いる用語が出てきますので、補足しながら説明します。
虎の巻は、わかる編とできる編から構成されています。
わかる編が扱うのはチームビルディング。開発チームを立ち上げるときのリーダー(スクラムマスター)の役割は、アジャイルの考え方を理解して、メンバーが自律的に動けるようにすることです。わかる編は勉強教材というよりも、チーム立ち上げ時に実践してほしいガイドです。実践することで、メンバー全員がアジャイル開発について「わかった」と言える(“腹落ち”する)でしょう。
続くできる編では、「スプリント」と呼ばれるアジャイル開発の特徴的な繰り返し式の開発サイクルの計画と実行に関するアドバイスをまとめています。
虎の巻「わかる編」:リーダーとメンバーがともに“腹落ち”するために
チームが担う仕事をアジャイルで取り組むとき、開発が途中でグダグダになってしまわない様にするために、チーム立ち上げ段階に実践して欲しいことをまとめたのが「わかる編」だと言えそうです。それは次の様な事柄です。
- まずはリーダーが、アジャイルについて理解すべきこと
- アジャイルで仕事を進めることをメンバーに納得してもらえる様にすること
- メンバーが自律的に動けるように動機付ける(背中を押す)こと
プロジェクト立ち上げ時
わかる編のチームビルディングが目指すのは、メンバーがプロジェクトのゴール(目的)に向かって「自律して」行動できる状態に導き、自分たちなりの答えを模索できるようなチーム作りです。
この際にチームが合意しておく事項を話し合っておくのに使えるのが「インセプションデッキ」です。インセプションデッキとは、プロジェクトのメンバー全員がプロダクトに関して共通の認識と目標を持つために作成するものです。
インセプションデッキに含める項目(虎の巻より)
アジャイルマインドの共有
メンバーにアジャイルの考え方を理解してもらうのにどうすればいいかという課題があります。アジャイルの解説書籍はたくさんありますが、それらを読むだけではいまひとつピンとこないことが多い様です。そういうときの助言が次の2点です。
①アジャイルなマインドを持った人との対話の機会を作る
②「アジャイルホイール」を使う
この2つの内で「アジャイルなマインドを持った人との対話」が特にオススメだそうです。けれど書籍が不要というわけではないので参考にしましょう。
もう一つのアジャイルホイールの活用は、「アジャイル12原則に沿った行動」を実践できているかをレーダーチャートで示す方法です。
アジャイルホイールの進め方とレーダーチャートの例(虎の巻より)
チームビルディングでメンバーの「自信」を高める
メンバーが指示待ちから脱却し、自律的に行動できるようになることを目指します。
人は⾃信が持てると、達成したいゴール(個人のWant toに基づいた目標)に向けて自ら行動できるようになることに着目しています。「これから(未来に)自分が取り組むことに対する自信や能力への認知」が高いと、達成したいゴールに向けて自ら行動できるようになります。虎の巻では、スクラムマスターがこの点に目を向けてチームビルディングをすることを推奨しています。
未来で自分が取り組むことに対する自信や能力への認知(エフィカシー)は、認知科学の分野で提唱されており、虎の巻での重要な着眼点になっていますので、少し詳しく踏み込んでみます。
人は同じ刺激を受けても「内部モデル」が違えば、その結果も変わってきます。目指したいのは、外部刺激がなくとも、内部刺激によって自発的に行動できるようにすることです。
目指したい内部モデル (分科会の成果報告講演資料より)
そのような、「自分たちならできる」という自信や能力に対する認知(エフィカシー)を上げることで、自律型組織が作られて、アジャイルが確実に実施されることを、チームの経験から導き出しました。
自発的行動を生み出すエフィカシー (分科会の成果報告講演資料より)
そして、自律的に行動できるチームを作るには、リーダーシップのやり方も見直す必要があるでしょう。メンバーのエフィカシーを高める様なリーダーシップによって、ゴールに向かうためのメンバーの自発的行動を生み出すことにつながります。
スクラムマスターに必要なもう一つのリーダーシップ (分科会の成果報告講演資料より)
そして、チームのエフィカシーを高める進め方を6つのステップとして説明されています。この6ステップの詳細と、フレームワークとして使用するサクセスシートについては、虎の巻に解説されています。
チームのエフィカシー(自信と自律性)を高めるためのステップ (分科会の成果報告講演資料より)
虎の巻 「できる編」:実践のベストプラクティスを少しだけ紹介
アジャイルの大事な点は価値観や考え方の方であって、手順や方法論ではありません。とはいえ、上手に進めるための先達のベストプラクティスがあります。虎の巻の「できる編」ではそんなアジャイル開発を実行するときのTipsや提言がまとまっています。
スクラムマスターが抱えがちな課題の中のいくつかについて、虎の巻が提案する対応方法を見ていきましょう。なお、ここでは関心を持ってもらえそうな課題とその概略だけをサンプルとして抜粋しています。虎の巻の本編には、様々な課題と課題への対応方法、実体験からのメリット・デメリットなどが説明されています。
なお、スクラムの考え方、やり方を土台にしていますので、スクラムで使われる用語説明をしながら紹介していきます。
成果物イメージを共有する段階での課題と対応
【課題】
プロダクトオーナーやスクラムマスターとチームメンバーの間で最終成果物の共有ができず、「私たちがやらないといけないこと」が見えない(プロダクトバックログについての課題)。
【対応】
プロジェクトの全体像を端的に表現するインセプションデッキを作成し、エレベーターピッチを使って的確で短く要点をまとめよう。
- プロダクトバックログ とは ‥ 作成するプロダクトの提供すべき価値をリスト化したものです。優先順位付けされており、開発が継続するかぎり見直され続けます。
- エレベーターピッチ とは ‥ 「何のために、誰に、何を、どのように作るのか」を15~30秒程度の短い時間で、プロジェクトチーム全員の共通理解を深めるためにまとめた簡潔な説明文です。
スプリントについての課題と対応
【課題】
慣れ親しんだウォーターフォールの思考から離れられず、アジャイルの手法・習慣が定着しない。
【対応】
・アジャイルの浸透にデイリースクラムを大いに活用しましょう。反復と改善の重要性をデイリースクラムを通じて認識することにつながります。
・デイリースクラムで出た課題が次のスプリントへのよりよいフィードバックになります。
【課題】
メンバーが他の業務に時間を取られている。
【対応】
・進捗報告に時間を割かないために、たとえばMiroボード(オンラインのホワイトボード型サービスでチームの共同作業を支援)などを活用してわかるようにしましょう。
・開発に関係のない割り込み作業は作業見積時に設けたバッファで相殺するようにしましょう。
虎の巻を開いてみよう
冒頭でも述べましたが、虎の巻作成チームの皆さんがアジャイルを身につけつつ、アジャイル的なアプローチで、この虎の巻を作成しました。虎の巻にはアジャイルを身につけつつある段階に直面した課題や知見が込められています。
また、報告会での発表動画も参考になるでしょう。担当メンバーの皆さんの熱い想いに触れることが出来ます。
虎の巻は最後に次のように締めくくっています。
「スクラムは、無駄なくスピーディーに価値あるものをユーザーに提供する方法として、挑戦する価値がある手法だと考えています。ゆくゆくは、あなたが組織にアジャイル文化を浸透させる中心メンバー(インフルエンサー)になることを期待しています」。
虎の巻を作成したソリューション研究会の紹介
ここで紹介した「アジャイル虎の巻~わかる!できる!あじゃいる!」は、ソリューション研究会の分科会で作成されたものです。
ソリューション研究会は、様々な企業が集まり、交流、学びの場として1996年から活動している団体です。テーマごとの分科会では1年間の研究活動を通じてDXや生成AIなどをテーマとする課題の解決策を考え、成果物としてまとめます。
「アジャイル開発におけるプロジェクトマネジメント分科会」は2022年度に実施され、以下の皆さんが参加されました。
| 所属企業名 | 氏名 |
|---|---|
| 関西電力株式会社 | 水谷 洋太 |
| 株式会社オプテージ | 松田 拓大 |
| イツワ商事株式会社 | 水原 祥光 |
| エイジシステム株式会社 | 古谷 寧朗 |
| 株式会社堀場製作所 | 岩田 聖子 |
| 株式会社ウッドワン | 山根 寛 |
| 株式会社アシスト | 江口 大介 |
| 株式会社アシスト | 原 剛司 |
| 株式会社アシスト | 吉田 貴俊 |
関連リンク
〔ソリューション研究会〕
・2022年度 アジャイル開発におけるプロジェクトマネジメント分科会(西日本):
・アジャイル虎の巻~わかる!できる!あじゃいる!
・成果報告会での発表動画
・2022年度の各分科会の研究成果一覧
・ソリューション研究会ホームページ
・「アジャイル開発におけるエフィカシードリブン活用の提言」、 情報処理学会 デジタルプラクティス 通巻60号
〔その他〕
・IPA 、「アジャイル領域へのスキル変革の指針 —— アジャイル開発の進め方」
関連記事
・DX SQUARE、「アジャイルとは? 今さら聞けないDX関連用語をわかりやすく解説」
・DX SQUARE、「課題多きビジネスでのデータ利活用 「シン・KKD」がさらなる一歩を後押し」
・DX SQUARE、「DXを停滞させない「組織」に ── 前進させる「仕組み」に迫る」
concept『 学んで、知って、実践する 』
DX SQUAREは、デジタルトランスフォーメーションに取り組むみなさんのためのポータルサイトです。みなさんの「学びたい!」「知りたい!」「実践したい!」のために、さまざまな情報を発信しています。
DX SQUARE とは