生成AI活用の羅針盤!AI活用成熟度モデル「MA-ATRIX」を徹底解説
技術解説
AIを活用していく中で、多くの企業や組織がさまざまな悩みや行き詰まりを感じています。そうした課題に対し、解決の糸口を見つけることができる指針があります。組織の成熟度を測る新指標「MA-ATRIX」です。MA-ATRIXは7つの軸の7つのレベルで現状を可視化して、次の一手を明確にする「羅針盤」として機能します。AI活用の成功の鍵は、MA-ATRIXで診断する範囲と目的を明確にすることです。無償公開中のMA-ATRIXで、まずは自社の現在地を診断してみませんか。
AI活用の課題、なんとなく使っているけど「次の一歩」が見えていますか?
新しいAI(チャットAI、生成AI、Agentic AI、Physical AIなど)が急速に普及し、多くの企業や組織でその活用が始まっています。メールの文章作成からアイデア出しまで、日々の業務でその便利さを実感している方も多いのではないでしょうか。
しかしその一方で、「PoC(概念実証)はやってみたけれど先に進まない」、「部署ごとにバラバラに使っているだけで全社的なビジネス変革に繋がらない」といった課題に直面している組織も少なくありません。多くの企業が、生成AI活用の実験段階で足踏みしてしまっているのが現状です。
この「次の一歩」が見えないという共通の悩みを解決するために開発されたのが、株式会社日立製作所(日立)とGen-AX株式会社(Gen-AX)が共同開発した生成AI活用の成熟度モデル「MA-ATRIX (マトリックス:Maturity Assessment & AI TRansformation IndeX;Generative AI Adaptation Roadmap)」です。
MA-ATRIXは、日立がこれまでに創出した1,000件を超える生成AI活用のユースケースと、Gen-AXのAI活用SaaSとコンサルの実績に基づく専門知識をもとにしており、組織のAI活用状況を客観的に診断するための「健康診断」や「羅針盤」のようなツールです。自社の現在地を正確に把握し、どこを目指すべきか、そしてそのために何をすべきかという具体的な道筋を示してくれます。
この記事では、MA-ATRIXとは何か、その核心である「7つの評価軸」と「7つの成熟度レベル」をわかりやすく解説します。組織が部分的なAI利用から、戦略的で全社的な成功へとステップアップするのをどのように支援するのかを解き明かしていきます。

なぜ今、「成熟度モデル」が必要なのか?
そもそも、AI活用を成功させるために、なぜこのような体系的なモデルが必要なのでしょうか?
羅針盤や海図なしに航海に出れば、目的地にたどり着くのは困難です。生成AIの活用も同様で、明確な指針がないまま進めると、多くの組織が壁にぶつかってしまいます。
特に生成AIは、これまでのAI技術よりも利用開始のハードルが格段に低いという特徴があります。誰でも簡単に使い始められる手軽さが普及を後押しした一方で、この「手軽さ」が組織的な課題を生む原因にもなっています。個々の従業員や部署が独自に活用を始めてしまうことで、全社的な統制が取れず、結果として以下のような典型的な落とし穴にはまってしまうのです。
- 何から手をつければいいかわからない
新しいユースケースを検討する「攻め」の施策と、利用ルールを整備する「守り」の施策など、やるべきことが多すぎて、何から手をつければ良いのか優先順位がつけられません。 - 部分最適で終わってしまう
- 全社展開が難しい
特定の部署でPoCが成功しても、いざ全社に展開しようとすると、部門間の業務プロセスの違いやセキュリティリスクといった壁に阻まれ、取り組みが頓挫してしまいます。 - ゴールが見えない
AIを使って「どこまで目指すのか」という最終的な目標が言語化されていないため、取り組みが単発で終わってしまいます。
MA-ATRIXは、こうした課題を解決するために、組織に関わるすべての人々(経営層、事業部門、IT部門など)が使える「羅針盤」を提供します。この羅針盤は、立場や役割の異なる人々が同じ状況認識を持つための「共通言語」として機能します。
この共通言語を使うことで、組織全体が「自分たちの現在地はここだ」「次はここを目指そう」という共通認識を持つことができます。これにより、部門の壁を越えて協力し、一貫した戦略のもとでAIを活用した業務改革、いわゆるAIトランスフォーメーション(AX)を推進することが可能になるのです。
では、この「共通言語」は、具体的にどのような言葉(=評価基準)でできているのでしょうか?MA-ATRIXの心臓部である「7つの評価軸」と「7つの成熟度レベル」を詳しく見ていきましょう。
「MA-ATRIX」の全体像:7つの評価軸と7つの成熟度レベル
MA-ATRIXは、誰もが利用できるオープンナレッジとして無償で公開されています。その構造は、「7つの評価軸」と「7つの成熟度レベル」という2つの要素から成り立っています。
あなたの組織を多角的に診断する「7つの評価軸」
MA-ATRIXは、組織のAI活用状況を、4つの大きな領域に分類した上で、合計7つの視点(評価軸)から総合的に評価します。これにより、技術だけでなく、組織全体の準備状況を立体的に把握できます。この構造は、変革の土台となる「組織」が、対象と燃料である「業務」と「データ」を支え、それがエンジンである「AI」を動かし、最終的に業務への「統合」という変革を実現する、という一連の流れを反映しています。

【領域1:組織】変革の土台
AI活用を全社的に推進するための基盤となる領域です。
- 1. 組織:
経営層のリーダーシップや全社的な推進体制など、AI活用を進めるための土台が整っているかを評価します。 - 2. 制度・仕組み:
全員が安心してAIを使えるためのルールや教育、サポート体制が整備されているかを見ます。 - 3. コンプライアンス:
個人情報や著作権、AI倫理など、法律や倫理面のリスクに正しく対応できているかを確認します。
【領域2:業務 & データ】変革の対象と燃料
AIが価値を生み出すための源泉となる領域です。
- 4. 生成AI活用対象の業務プロセス:
AIを導入する対象の業務自体が、どれだけ標準化され、整理されているかを評価します。 - 5. データマネジメント:
AIの学習や活用に不可欠なデータを、質・量ともに適切に収集・管理できているかを見ます。
【領域3:生成AI】変革のエンジン
AI技術を直接的にどう扱っているかを評価する領域です。
- 6. 生成AI活用:
実際にAIモデルやサービスを、目的に合わせて適切に選定・運用・評価できているかを評価します。
【領域4:統合】変革の実現
AIを単なるツールで終わらせず、ビジネス価値に転換するための領域です。
- 7. 生成AIの業務プロセスへの統合:
AIが単なるツールでなく、業務プロセスに深く組み込まれ、全体の最適化に貢献しているかを確認します。
現在地と目指すゴールを示す「7つの成熟度レベル」
上記の7つの評価軸それぞれについて、評価対象の成熟度をレベル0から6までの7段階で評価します。これは、組織が一歩ずつ成長していく道のりを示しています。 MA-ATRIX公開資料では、このレベルの考え方に基づいて、それぞれの評価軸に対してレベルごとに具体的なゴールとプラクティスが示されています。
- 〔レベル0〕 不完全な
AIを活用していない、または組織として状況を把握できていない状態です。 - 〔レベル1〕 実施された
個人の頑張りや部署ごとの判断で、場当たり的にAIを使い始めた状態です。 - 〔レベル2〕 管理された
基本的な方針や手順が明文化され、最低限の管理が行われている状態です。 - 〔レベル3〕 定義された
全社で統一された標準やプロセスがあり、一貫した運用がされている状態です。 - 〔レベル4〕 定量的に管理された
目標や指標(KPI)を使って、効果を数字で測定・分析し、改善している状態です。 - 〔レベル5〕 最適化している
継続的な改善が組織の文化として根付き、変化に素早く対応できる状態です。
AIが高度な支援を行いますが、最終的な意思決定は人間が下します。 - 〔レベル6〕 AIによって自律的に最適化された
AIが自ら分析・改善提案を行い、最適な成果を生み出し続ける未来の姿です。
改善の意思決定そのものをAIに委ね、人間はそれを監督する役割を担います。

次にこれらの評価軸とレベルが、実際の業務でどのように変化していくのか、具体的な事例を通して見てみましょう。
診断の第一歩:まずは「スコープ(範囲)」を決めよう
MA-ATRIXで診断を始める際、「いきなり会社全体を評価するのは大変そう…」と感じるかもしれません。実は、MA-ATRIXは必ずしも全社一斉に適用する必要はありません。まずは診断の「スコープ(対象範囲)」を決めることから始めます。
スコープには、主に以下の2つの切り口があります。
- 組織単位で切る: 「全社」で見るか、それとも「製造部だけ」「営業部だけ」といった「特定の部署」で見るか
全社で見れば全体的な傾向や共通課題がわかりますが、特定の部署に絞れば、より具体的な改善策が見つけやすくなります。 - 業務単位で切る:「すべての業務」を見るか、それとも「設備保全業務だけ」「問い合わせ対応業務だけ」といった「特定の業務」に絞るか
特定の業務に絞ることで、現場の具体的な成功事例を作りやすくなります。
スコープを決める際に重要なのは、「スコープ内のすべての業務にAIを適用しなければならないわけではない」ということです。 MA-ATRIXでは、「とにかくAIを使うこと」を評価するのではなく、「どこにAIを使い、どこにAIを使わないかを、根拠を持って決めているか」という判断の質を評価します。
「なんでもAI化」を目指すのではなく、まずは身近な部署や業務にスコープを絞って、「この業務にはAIが効く(あるいは効かない)」という判断基準(ものさし)を作っていくことが、成功への第一歩です。
MA-ATRIXの活用イメージ:現場はどう変わる?
では、実際にMA-ATRIXのレベルが上がると業務はどう変わるのでしょうか。製造業の「設備保全業務(工場の機械メンテナンス)」を例に、具体的な変化を見てみましょう。なお、この例はイメージを伝えるためのものであり、実際の事例ではありません。
レベル1のイメージ
業務の様子: ベテラン作業員の「勘と経験」頼みです。故障対応の手順は明文化されておらず、若手は「先輩の背中を見て覚える」しかありません。データは紙の台帳や個人のメモで管理されています。
AI活用: 一部の社員が、海外メーカーへのメールを翻訳するために個人的に無料の翻訳AIを使っている程度です。

レベル3のイメージ
業務の様子: マニュアルや手順書が整備され、アウトプットが統一された形式で記録されています。その内容をタブレットで閲覧できるようになりました。過去の故障記録もデジタルデータとして蓄積され、共有されます。これにより業務の効率が向上しています。
AI活用: 業務のどの範囲にAIを活用するかを意識して、組織として生成AIを導入。膨大なマニュアルから必要な情報を検索し、故障の原因分析や、報告書の作成補助にAIを使い始めます。記入漏れをAIがチェックする仕組みもできました。

レベル5のイメージ
業務の様子: ウェアラブル端末などで作業内容が自動記録されます。AIが過去のデータと現在の状況を分析し、「故障の原因はこれの可能性が高い」「次にこの作業をしてください」と最適な手順を提案してくれます。これにより、業務の効率が良い状態が保たれています。
AI活用: AIを適用する業務範囲が特定されていて、人間はAIの提案をもとに、最終的な判断や複雑な修理作業に集中します。業務全体の効率や精度が数値で管理され、継続的に改善プロセスが回っています。
MA-ATRIX診断: 「AI活用」と「業務への統合」が高レベルに達し、人とAIの高度な協働が実現しています。

このように、いきなり高度なAI活用を目指すのではなく、「まずは業務プロセスを標準化する(レベル2へ)」「データをAIが読める形式にする(レベル3へ)」といった、現在地に応じた次のステップ(ロードマップ)を描くためにMA-ATRIXを活用します。
まとめ
生成AI活用は、単なる便利ツールの導入ではなく、組織や業務のあり方そのものを見直す変革(トランスフォーメーション)の機会です。「MA-ATRIX」を活用するメリットは以下の3点に集約されます。
- 「健康診断」ができる:
自社のAI活用の現状を、「組織」「データ」「コンプライアンス」など7つの視点で客観的に数値化・可視化できます。漠然とした不安を明確な課題に変えることができます。 - 「共通言語」になる:
経営層、IT部門、現場部門が、「今はレベル2だから、次はレベル3を目指そう」と同じ指標で議論できます。これにより、認識のズレを解消し、合意形成をスムーズにします。 - 「処方箋」が得られる:
診断結果から、「技術はあるがデータ整備が遅れている」「ルールがないから現場が動けない」といったボトルネックが特定でき、次にやるべき具体的なアクション(ルール作り、データ形式の統一など)が明確になります。
MA-ATRIXは、日立製作所とGen-AXによって開発されましたが、日本の企業のAI活用を底上げするためにオープンナレッジ(クリエイティブ・コモンズ・ライセンス)として無償公開されています。 まずはガイドラインを参考に、自社の現状がどのレベルにあるのか診断してみてはいかがでしょうか。
※ちなみにこの解説記事もAIにたたき台を作ってもらいました
関連情報 (参照先)
実際に診断をしてみたいという方向けに、関連情報の参照先を示しておきます。
MA-ATRIX公開資料
日立ニュースリリース
Gen-AXニュースリリース
(著者紹介)
![]() | 株式会社日立製作所 研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタ デジタルエコノミー研究部 |
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