DXへの誤解を解消するために選んだのは“漫画”── 紙文化からの脱却を目指す武州製薬の取り組み
DX事例
武州製薬は医薬品の受託製造を専門とする製薬会社です。
製薬業界は規制が厳しく、紙ベースの文化が長く根づいていましたが、そうした状況下で武州製薬はDX推進に着手。2030年を見据えたロードマップを策定し、IT基盤構築や漫画を用いたユニークな人材教育など、さまざまな取り組みを行っています。
また、DX認定を取得したことで、製薬業界をリードするDX企業としての認知度も高まっています。
今回はDX推進を担当する3名に、DXに取り組んだ背景や具体的な施策、DX認定取得までの流れと取得のポイントなどについて伺いました。
製薬業界ならではの“紙ベース”に感じた危機感
── まず、武州製薬の事業について教えてください。
コーポレートIT本部 DX戦略部 部長 上野拓真氏
コーポレートIT本部 DX戦略部 部長 上野拓真氏(以下、上野):当社の事業はお客さまから製造を受託して薬を製造する「CDMO(Contract Development and Manufacturing Organization)」です。
国内のお客さまだけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、アジアといった海外向けの医薬品製造も受託しており、売上の約50%は海外関連となっています。工場は国内に3拠点、さらに倉庫と包装に特化したパッケージセンターを2拠点展開しています。
── DX推進のきっかけは何だったのでしょうか。
最高情報責任者 CIO コーポレートIT本部 本部長 小川勝氏
最高情報責任者 CIO コーポレートIT本部 本部長 小川勝氏(以下、小川):私は2022年1月に武州製薬に参画しました。そこで感じたのが、製薬業界はほかの業界と比較してIT化が非常に遅れているということ。それは武州製薬も例外ではありませんでした。
ちょうどその頃、世間では「2025年の崖」(老朽化した基幹システムが経営リスクとなる課題)が問題になっており、IT活用やDX推進は急務でした。
もうひとつのきっかけは、2022年に三和化学研究所から会津工場の譲渡を受けたことです。当時の武州製薬では、生産管理に特化した中小企業向けのERP「mcframe」を使用していましたが、会津工場では基幹業務全体を対象とした「SAPのERP」を導入していました。
基幹システムが拠点ごとに異なっていては、オペレーションやデータの統合ができません。そこで医薬品メーカーではSAPが主流だったこともあり、全社の基幹システムをSAPに統一することにしたのです。
この基幹システムの刷新に合わせて、IT/DX戦略を構築し、本格的なDX推進に取り組み始めました。2024年4月にDX推進部を設立し、現在のDX戦略部に至ります。
── システム統合を皮切りに、さまざまなDXの取り組みが始まったのですね。
小川:そうですね。私は異なる業種から入った立場として、DXの必要性を経営陣に訴えました。その結果、10名以下だったIT部門もいまでは30名以上となり、部門を3つに分けてDX推進に取り組んでいます。
── 当時は具体的に、どのような点でIT化の遅れを感じたのでしょうか。
小川:たとえば私が以前勤めていた組立製造系の会社では、国内外にいくつも工場を持っていました。それらの工場のデータは完全に統合されており、「どの工場のどのラインでどれくらい生産が進んでいるか」といった情報が、どこにいてもリアルタイムに確認できたのです。
一方で武州製薬ではすべてが紙ベース。mcframeは導入していたものの、実際にはデータ集計などの一部の処理にしか使われていませんでした。それ以外の報告や情報のやりとりは紙がメインで、「これだけインターネットが普及した情報化社会でこれはまずい」と思いましたね。
── 昔からのやり方がそのまま続いていたということでしょうか。
小川:はい。ただ致し方ないとも言えるのです。製薬業界は人の体の中に入る医製品を製造しています。命に関わりますので、各種法令や規定は非常に厳しく、「記録が残ること」「改ざんができないこと」などを満たす媒体でエビデンスを残さないといけない基本ルールがあります。
そうなると、もっとも適しているのはやはり紙ということになるのです。逆に言えば、それらの条件を満たせるならデジタルでも構いません。
製造・業務・経営の3領域でロードマップ策定、急速な改革には不安の声も
── 具体的にどのようなDXに取り組んでいるのでしょうか。
上野:当社では2025~2026年を「デジタル化変革」、2027~2028年を「コーポレート変革」、2029~2030年を「ビジネスモデル変革」と位置づけてロードマップを策定しています。現在はデジタル化変革期にあたり、「製造DX」「業務DX」「経営DX」という3つの領域でDXを進めています。
たとえば、製造DXで取り組んでいる「記録書電子化」では、「データ化すべきなのにできていない情報」を洗い出して、早期にデータ化するところから始めました。
また、業務DXとしてデータ化に欠かせないIT基盤構築にも取り組んでいます。
経営DXでは人材教育に力を入れています。社員のITリテラシーのレベルを上げるために教育資料や教育プランを作成し、なぜITやDXが大事なのかという意識づけを進めているところです。
DX戦略のロードマップ(武州製薬「デジタルトランスフォーメーション戦略(DX戦略) 」より)
── ロードマップを拝見すると、「業務DX」とひと口にいってもタスク管理、営業支援システム、生成AIによる業務改善など幅広く進めている印象を受けます。DXの進め方については、どのようなお考えをお持ちでしょうか?
上野:DXには二つあると考えています。ひとつはロードマップを作り、時間をかけてじっくり進めなければならない改革。もうひとつは先行きはわからないけれど、トレンドとして押さえておく必要がある取り組みです。
生成AIは後者ですよね。ここ最近は生成AI活用を期待する面も強いので、トレンドへの対応は少人数から始めて少しずつ広げています。
── 急速なDXに対して、現場からの反発はありましたか。
小川:はい。いろいろな意見がありました。「いまのままでいい」という意見が一部あったことも事実です。その理由は、先ほどお話しした製薬業界ならではの厳しい規制です。
規制を守るために紙を使ってきたわけですから、それを電子化するのはハードルが高いと感じるのも無理はありません。電子化したくないというよりも、紙からの脱却に対する不安が強かったのです。そうした不安を取り除くために現在も取り組んでいる最中です。
誤解を解消するために漫画でメッセージを伝える
── DXを社内に浸透させるために「漫画」を活用されている点がユニークです。なぜ漫画を活用しようと考えたのでしょうか。
上野:DXの取り組みをアピールするため社内のポータルサイトに情報を掲載していたのですが、まったく閲覧されないという課題がありました。
「どうすればクリックして見てもらえるのか」と考えていたとき、たまたま展示会で漫画を使ったブースを見かけたのです。それでふと、「DXを漫画で紹介すれば読んでもらえるんじゃないか」と思いました。
小川:実は私も翌日に同じ展示会に足を運んだのですが、上野とまったく同じ漫画のブースで足を止めていたのです。「昨日、上野さんも来ましたよ」と言われて(笑)。それだけ読ませる力があるのですから、漫画ってすごいですよね。上野から提案を受けて、費用もそれほどかからなそうだったのでやってみることにしました。
コーポレートIT本部 DX戦略部 DX戦略グループ グループマネージャー 河田光俊氏
コーポレートIT本部 DX戦略部 DX戦略グループ グループマネージャー 河田光俊氏(以下、河田):漫画のストーリーなどは上野と私で考え、「DXってなんで必要なの?」「攻めと守りのデジタル活用」「DXで変わる武州製薬の未来」を順次公開しました。
DX推進部ができた当初からDXについて本を読んで学んでいたのですが、総じて指摘されていたのが「DX推進には抵抗勢力が付きもの」ということです。ですので、そうした「DX反対派」をいかに味方につけるかが成功のポイントになります。
さらに、なぜ現場はDXに反対するのかを突き詰めると、大きな理由のひとつが、「DXによって自分たちの仕事が奪われるのでは」と考えてしまうことなのです。
とくに当社は製造業なので、工場で働く社員が圧倒的多数です。そんな状況で、DXの成果として「省人化」「コスト削減」などを打ち出すと、多くの社員の誤解を招く恐れがあります。
そこで漫画では「人を減らすためではなく、人を生かすための取り組みがDXである」というメッセージを伝えることにしました。
── 効果はいかがでしたか。
上野:期待どおり、漫画にしたことでアクセス数が圧倒的に増え、閲覧数はそれまでの約6倍にも達しました。
ただ、製造現場に支給しているPCは台数が少ないため、現場の社員はポータルをあまり見ません。そこで、Webだけではなく、漫画を紙に印刷して工場の廊下に貼ったり、社員教育で使用したりしています。
漫画には上野氏や河田氏も登場している(作成:トレンド・プロ。武州製薬「デジタルトランスフォーメーション戦略(DX戦略) 」より)
── そのほか、貴社ならではのDXの取り組みがあれば教えてください。
河田:社内でリマインドメールアプリを開発しました。対外的な仕事をしている社員などは、半年間で数万件ものメールを受信します。メールがどんどんたまってしまうと、どうしてもタスクが埋もれてしまいがちです。かといって何度もリマインドするのは、送る側にとっても気が引けてストレスになってしまいますよね。
リマインドメールアプリを活用すると、自動的にシステムがタスクのリマインドを送信してくれます。これならタスクも埋もれにくくなりますし、システムによるリマインドなので、依頼した側としても気が楽です。
ほかにも、工場にスマートグラスやデジタルホワイトボードなどを導入して試験運用しています。私たちDX戦略部はできたばかりの部署なので、社内に価値を示すためにも目に見えるわかりやすい成果物を提供することが大事だと考えています。
自社製品がない受託製造だからこそ、認知度向上のためDX認定取得を目指した
── 「DX認定制度」も取得されています。取得しようと思われたきっかけは何だったのでしょう。
小川:意識したのは2024年の半ばごろです。DX認定取得の狙いは、武州製薬のDX推進の取り組みを社内外に周知することと、社内におけるDXの機運をさらに高めることでした。
また、当社の事業は医薬品の受託製造のため、自社製品がないんですね。DX認定取得は、認知度向上にも貢献すると考えました。
── DX認定取得に向けて、どのように進めていったのでしょう。
上野:独学でしたが情報のインプットもしていましたし、最初は「自分たちなら取れるだろう」と思っていました。決して甘く見ていたわけではないのですが、正直こんなにも大変とは予想していなかったですね。
河田:記載例が非常に専門的な表現で書かれていて、正直、最初はかなりハードルが高く感じました。「これは自分たちだけでは難しいぞ」と思って伴走してくれる会社を調べたところ、キヤノンシステムアンドサポートさんのことを知ったのです。
上野:キヤノンさんとはまず、申請するうえでの必要なアクションをひとつずつ確認していきました。私たちが「すでにこれはできている」と思っていても、外部のアドバイスを通すことでまったく考えてもみなかった課題が見つかったりもしました。そうした課題とやるべきことについて、週次の打ち合わせでチェックしていきましたね。
── 申請のステップでとくに難しかったところはどこでしたか。
上野:「DX」というと、つい従業員の利便性向上などの項目に目が行きがちです。しかし、DX認定を取得するには、その先にある「どうビジネスに繋げるか」も考える必要があります。どうすれば売上に繋がるのか、新規顧客や新規事業につなげていくのか。そこを明確にするのが大変でした。
DX認定取得で大きな反響、社内でもDXへの意識づけができた
── DX認定を取得された成果や、感じている効果について教えてください。
上野:取得したばかりなので成果が出るのはまだこれからだとは思いますが、個人的に感じたのは「意外とDX認定を取得したことが知られている」ということです。
お客さま企業や知人から「コーポレートサイトでDX認定を取得したことを知った」という声が届いています。医薬品に限らず受託製造でDX認定を取得している企業はまだ少ないので、今後は当社のアピールポイントとして展示会などで打ち出していこうと考えています。
河田:社内には「DX認定を取得しました」と全社通知をしました。思った以上にたくさんの反響がもらえましたし、会社をあげてDXを推進していくという意識づけができたのではないかと思います。取得後、IT系の予算承認がスムーズになった印象もあります。
── 今後のDXの取り組みについてどのように考えていますか。
河田:社内のポータルサイトで「DXに関する困りごと」を募集する仕組みを作りました。そのなかから最初はかんたんで短期間でできそうなもの、社内の協力を得られそうな取り組みを中心に進めていきたいです。
小川:小さな成功事例を積み上げていくことが重要です。また、依頼を受けるだけでなく、DX戦略部のほうからも「こんなツールや技術がある」という提案を通して啓蒙活動をしていきたいですね。
上野:さらなる目標は「DXセレクション」に選ばれることです。業界的にもDX認定を取得する会社は増えていくと思うので、そこからさらに頭ひとつ抜けるために一段上を目指したいと思います。
小川:将来的に上場した際には「DX銘柄」の対象にもなるので、それを見据えていまから地道に取り組んでいきます。
【Top Message】DX認定取得に寄せて |
「当社がDX認定を取得できたのは、全従業員がデジタル変革の必要性を理解し、一丸となって取り組んだ結果です。 いま、医薬品製造業界は大きな転換期を迎えています。デジタル・データ活用により、生産効率の向上、品質保証の強化、そして働き方改革の実現が同時に可能になります。当社の企業理念である「Mission」の実現には、このデジタルトランスフォーメーションが不可欠です。DX認定企業として、CDMO業界のデジタルリーダーとしての地位を確立し、顧客・従業員・社会に信頼される企業へと進化してまいります」
代表取締役社長 兼 CEO |
取材・構成・撮影:山田井ユウキ
編集・制作:株式会社はてな
取材協力
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