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【農林水産業】DX推進事例4選

DX事例

私たちの生活に不可欠な食料の供給や、国土の保全、自然環境の維持など、重要な役割を担う農林水産業。あまりデジタルのイメージがない業界ですが、近年その状況は少しずつ変わりつつあります。また、業界の抱える様々な課題に対応するため、DXの重要性はますます高まっています。

そこで今回は、農林水産業が抱える様々な課題を振り返りつつ、その課題を解決するための実際の取組事例を紹介します。

農林水産業のDXの現状

他業界と比較した農林水産業のDXの遅れ

農林水産業は、本当にDXが遅れているのでしょうか。帝国データバンク「DX推進に関する企業の意識調査(2022年)」によると、DXの「言葉の意味を理解し、取り組んでいる」という企業の割合が、金融業やサービス業は25%近くありますが、農林水産業は12.3%に留まっています。他の業界でも全般的に10数%にとどまっていることを考えると、農林水産業だけが著しく遅れているわけではないとも言えますが、それでも、農林水産業におけるDXの遅れが依然として重要な課題であることには変わりません。

参考:帝国データバンク「DX推進に関する企業の意識調査

そもそも、なぜDXを推進する必要があるのでしょうか。経済産業省が公開した「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」では、DXを以下のように定義しています。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」

この定義は、農林水産業にも共通するものであると言えるでしょう。つまり、DXの本質は、単なる業務の効率化や自動化にとどまらず、デジタル技術を使ってビジネスそのものを変革することであり、競争優位性を高めることに繋がります。DXは、事業者が今後生き残っていくために重要な概念なのです。

では、どうして農林水産業ではDXが遅れているのでしょうか。
農林水産業が共通で抱える課題がDXの遅れの原因にもなっています。次にその課題について詳しく見ていきます。

課題①:担い手不足

農林水産業でのDXが遅れている要因として大きいのが、担い手不足です。農林水産業の就業者を見ると、1995年では367万人だったのが、2024年では192万人にまで減少しています。高齢化も進んでおり、所得水準の低さや不安定さといった構造的な問題が若い世代の参入のしづらさに繋がっています。

総務省統計局 「労働力調査」より

担い手が不足すると、DX推進するための人的リソースが不足します。例えば、現場で使う新しい技術やシステムを導入するには、それを理解して使いこなせる人が必要です。しかし、そのような人材がいなければ、技術の習得・運用・維持が難しくなり、結果的にその効果を最大限に活かすことができません。

課題②:デジタル技術を活用した機械化の難しさ

DXが遅れているもう一つの理由は、デジタル技術を使った機械化が難しい点です。ITやAIを駆使した自動化技術を現場で実践するには、繊細な調整が必要です。作物や水産資源の状況に応じた判断が求められるため、現場では手作業や熟練した職人の技術が依然として重要です。そのため、ITやAIなどによって自動化技術を導入しても、従来のノウハウを完全に置き換えることは容易ではありません。

さらに、デジタル技術の導入には高額な初期投資が必要であり、そのコストを負担できる余裕がない事業者が多いことも、導入を躊躇させる要因となっています。特に小規模経営では、機械化の費用対効果を見極めるのが難しく、結果的にデジタル技術の導入が進まない現状が続いています。

農林水産業でDXを進展させるために

農林水産業が抱える共通の課題を再確認してきましたが、同時に、これらの課題は農林水産業でDXが遅れている原因にもなっています。

DXを進めることは、業界の持続性の観点から必要不可欠であると言えます。担い手不足やデジタル技術を活用した機械化の難しさといった課題は、作業効率の低下や労働力の不足を引き起こすだけでなく、業界全体の活力や競争力の低下にもつながります。
現在、多くの事業者が個々にデジタル化を進めているものの、業界全体の連携は不十分であり、業界全体のDXは未だ実現しているとは言えません。農林水産業全体のDXを進めていくために、業界全体での連携を強化し、成功事例を横展開していくことは有効な手段です。

そこで次に、農林水産業においてDXに取り組んでいる事例をいくつか紹介します。

農林水産業のDX事例

〈農業DX〉直方市IoT推進ラボ

―スマート農業によるイチゴ栽培の自動化プロジェクト― 

イチゴは非常に柔らかく、収穫時に傷がつきやすい特性を持っていることから、収穫には高い技術が必要です。
そこでIoT技術実証と開発支援を行う直方市IoT推進ラボでは、「作業の自動化」「情報共有の簡易化」「データの活用」を柱に、農家の暗黙知や熟練技術を先進技術で再現することで、イチゴ栽培における効率化を目指して取り組んでいます。例えば、ロボットハンドを使った収穫システムの実現を目指しており、他の農作物への応用が可能になります。

また、ビニールハウスに環境センサーを設置し、二酸化炭素濃度や温湿度などのデータをクラウド上で管理できる仕組みを構築したり、灌水や屋根ビニールの巻き上げをスマートフォンやタブレットで遠隔操作可能とし、誰でも使いやすいアプリ画面を開発したりしています。

(出典:直方市IoT推進ラボ

〈農業DX〉有限会社スタファーム

―水門管理自動化システムの活用による省力化、生産性の向上―

富山県高岡市で米農家を営んでいる同社は、経営拡大の際に、自身が管理する農地から7km離れたところで、高齢化に伴い耕作者がいなくなった田んぼを請け負うこととなりました。このような離れた地域の田んぼを管理するため、株式会社笑農和が提供する水管理システム「paditch」を活用することにしました。

シーズン中は、勤務時間外も含めて朝・昼・晩で水門の調整をするために水門の見回りに来ていましたが、水管理システムに搭載されているタイマー機能や水位センサーを利用することで、タブレットやパソコン、スマートフォン上で管理することができ、移動時間も含めると水門の見回りだけで、2か月分くらいの労力が節約できています。また、効果的な水管理にも繋がるので、雑草などが減り、除草剤のコストも削減でき、収穫量もシステム導入初年度から1割以上増やすことができました。

(出典:有限会社スタファーム

〈林業DX〉スマート林業タスクフォースNAGANO

―産学官連携のスマート林業で森をデータ化―

全国4位の森林保有県である長野県ですが、豊富な森林資源を活かせず、近年高まる木材の需要に応える供給体制整備の遅れが課題になっていました。また、ICT技術活用において地域間で格差が生じていたこともあり、ICT技術を全県域に普及させ森林管理と林業経営の効率化を図ることを目的に、2018年から3年間、産学官連携で同事業を展開しました。

まず、全県の森林で航空レーザ計測を行い、樹木の葉や枝部分である樹冠のデータが正確に計測できるドローン写真解析データと組み合わせることで、森林資源量を把握しました。他にも手作業で計測していた木材検収をアプリで木材のサイズを瞬時に読み取りデータ化するなど、生産現場のIT化を進め、現場ごとの在庫状況の把握が可能になり、運送車両のスムーズな配車に繋がりました。同事業では伐採、搬出、流通と林業の各工程で、手作業だった部分を電子データ化し、スマート林業に取り組んできました。今後はスマート林業の更なる普及により、林業の産業構造を変革させる林業DXにつなげたいとしています。

(出典:スマート林業タスクフォースNAGANO

〈水産DX〉長崎県五島市

―「海の見える化」で生け簀や藻場を陸上で監視 「うみうみプロジェクト」―

五島市の基幹産業である漁業は、海洋環境の変化などにより漁獲量が減少したことと、高齢化により漁業に携わる人材が減っているという課題を抱えていました。そこで、水産資源の維持・回復を図るために必要な人材不足を解消し、持続可能な漁業を実現するために始まった事業が、「海の見える化」です。水中モニタリングデバイスを駆使し、画像データやセンサーデータなどを集めて海図に落とし込みました。

まず、魚の産卵場や稚魚の生育場である藻場の生態系を保護し、漁獲量の減少を食い止めるため、藻場の育成と消失の状況をリアルタイムで把握する仕組みづくりに取り組みました。海藻を食べるウニ類「ガンガゼ」の分布のヒートマップを作成し生息地域を把握することで、限られたダイバーを集中投入して駆除を効率化しました。また、水中の映像と洋上IoTを活用し、陸上で定置網内の確認や網の損傷を調べる実証も行いました。今後は、さらなる拡大に向けて、モバイル通信の届きにくい洋上でのネットワークをどう築くかが課題です。

(出典:長崎県五島市

他社の事例を参考に、DXをはじめてみよう

農林水産業は、私たちの生活の根幹を支えている必要不可欠な産業である一方で、慢性的な労働力不足やデジタル技術を活用した機械化の難しさといった構造的な課題を抱えています。
そうした課題に対してデジタル技術の活用が、業務効率化や省力化によって解決し得るツールになるかもしれません。

しかし、同時に覚えておいていただきたいのは、DXの本質は単なる効率化に留まらず、デジタルデータの活用による新たなビジネスの創出や業界全体の変革を実現することにあるということです。その第一歩としてまず、企業の取り巻く環境を認識し、「自社の課題」や「何ができるか」など、本記事で紹介した事例を参考に検討してみてはいかがでしょうか。

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