なぜ100年企業は、ここまでDXが進んでいるのか──田野井製作所の“自然体のデジタル変革”
DX事例
1923年創業の田野井製作所は、ねじ切り加工具を手がけるメーカーです。
同社はまだDXという言葉が浸透していなかった2008年から基幹システムを自社開発し、結果として現在のDXに繋がる取り組みを、社内文化として育ててきました。
2025年には「ITコーディネータ協会表彰 DX認定支援賞」を受賞するなど、その取り組みが高く評価されています。
多くの中小企業が苦労するDXを、同社はどのように実践しているのでしょうか。DX推進を牽引する取締役の岩佐啓介氏と、ITコーディネータとして同社を伴走支援した福田大真氏にお話を伺いました。
DXの“源流”は18年前にあった。基幹システムを自社開発
── まず、田野井製作所の事業について教えてください。
取締役 経営管理部 部長 岩佐啓介氏
取締役 経営管理部 部長 岩佐啓介氏(以下、岩佐):田野井製作所は1923年に創業し、今年で103年目を迎える老舗メーカーです。
事業としてはねじ切り加工工具の「タップ」という製品を製造・販売してはています。
タップの製造は新規参入が困難で、日本でもメーカーは指で数えられる程度と限られます。当社の国内シェアは僅かで、決して大きくはありませんが、オンリーワン製品や特許製品、熟練の職人技術によって差別化を図っています。
営業面では代理店販売に頼らず、直接お客さまのお困りごとを伺い、製品を提案する「ドクターセールス」を行っています。
── 早くからDXに取り組まれていらっしゃいますが、今回、「ITCA表彰2025 DX認定支援賞(経済産業省 商務情報政策局長賞)」を受賞されました。お気持ちをお聞かせください。
岩佐:システム担当としては率直に嬉しかったです。メンバーが積み上げてきたものが今回の成果につながったのだと思います。また、「DX認定」も取得することができました。
これらは、ITコーディネータの福田さんからアドバイスをいただき、当社が独自に進めてきた取り組みを体系化して価値を可視化できた結果だと思っています。
── DXの取り組みのきっかけについて教えてください。
岩佐:当社の取り組みが始まったのは2008年のことです。
私も入社前だったので聞いた話にはなりますが、それまではデジタル活用が進んでおらず、紙に手書きして回覧することで情報共有を図っていたような状態だったそうです。
当然、営業と工場の情報共有はうまくいっておらず、お客さまからお問い合わせを受けるたびに、営業担当者が工場に電話で確認するといった非効率なやり方も当たり前になっていました。
当時の若手社員から「システム化すれば、もっと効率的に作業ができるはず!」と問題提議が有り、知人のSEに相談を持ち掛けたところ、その方を社員として迎え入れることになったのです。
入社後は現場へのヒアリングを重ね、FileMaker(専門知識がなくても業務システムを柔軟に開発できるソフトウェア)を用いて生産管理や販売管理などを担う基幹システムを構築していきました。
── 2008年当時は、まだ「DX」という言葉が一般的ではなかった時代です。その頃から現在に続くDXの土台を築かれていたのですね。
ITコーディネータ/株式会社モコカコンサルティング 代表取締役 福田大真氏
ITコーディネータ/株式会社モコカコンサルティング 代表取締役 福田大真氏(以下、福田):経済産業省の「デジタルガバナンス・コード」に、DX経営に必要な「3つの視点と5つの柱」があります。
デジタルガバナンス・コードの全体像(経済産業省)
福田:田野井製作所さんは、すでに日々の取り組みのなかで、これらに通じる要素がそろっていました。
具体的には、視点2の「As is-To beギャップの定量把握・見直し」が当たり前に行われている点です。あらゆる改善活動において、その効果を「秒単位」で計測し、ビフォーアフターを定量化する習慣が現場に根付いていました。
実際、ヒアリングを進めるとDX認定の要件はほぼ満たされており、私がやったのはそれらを枠組みに沿って言語化することだけだったんです。だからこそ、わずか2〜3カ月という短期間での取得につながったのだと思います。
生成AI活用で業務効率化、「人をデータ化する」試みも
── 具体的なDXの取り組みについても教えてください。
岩佐:最近の取り組みを挙げるなら、Google Workspaceと生成AIのGeminiを活用した業務改善です。
たとえば当社では人材採用にスカウト型のサービスを利用しているのですが、開封率を上げるには、候補者ひとりひとりのプロフィールを確認して、「どこに魅力を感じたのか」を具体的に伝える必要があります。そのため従来は、1通のスカウトメールを作成するのに30分ほどかかっていました。
最近はその業務を新卒社員に任せ、目標として「まずは月100件を目指そう」と設定しました。するとその社員は、自主的にGeminiを活用して文章作成を効率化し、月400件の送信を実現してしまいました。
ほかにもスプレッドシートに経理データを入力しておき、毎日決まった時間にその日の預金残高を通知してくれるシステムを、プログラミング経験のない新卒社員が、生成AIを活用してGoogle Apps Script(GAS)で作り上げました。毎日手作業で行っていた入力作業と報告が自動化されています。
── それは驚きですね。福田さんから見て、田野井製作所の特徴的な取り組みはほかにもありますか。
福田:「エマジェネティックス」という脳神経科学をベースにした心理測定ツール(性格・思考特性を分析する診断ツール)を取り入れているのも、田野井製作所さんならではの特徴的な取り組みです。
これは人の特性を4つの「思考特性」と3つの「行動特性」に分類するツールで、たとえば「コンセプト型」の人は大きなビジョンを語る傾向があり、「分析型」の人は論理的思考を得意とする傾向があります。
いわば“人をデータ化する”試みなのですが、これを全社員に対して行っていて、チームビルディングに生かしています。
岩佐:役員でいうと、社長はコンセプト型と社交型と構造型の混合、私がコンセプト型で、製造部門を担当する役員は分析型と構造型の混合タイプです。図らずも異なるタイプの役員がそろったことで、多角的な視点から議論できているのだと感じています。
勉強会でのインプットと発表会でのアウトプットを繰り返す

── 非常にユニークな取り組みですね。新しいツールやシステムを柔軟に導入されていますが、その際のプロセスについて教えてください。
岩佐:プロジェクトを立ち上げるといったことはせず、導入を検討し始めたら、まずは幹部層やマネジメント層を対象に勉強会を開催します。外部から講師を招くのではなく、詳しい社員が中心となって教えるスタイルです。
勉強会でインプットするだけでなく、そのあと必ず発表会を行い、成果物としてアウトプットしてもらうのがポイントです。社長が参加する場合は、社長にも同じように取り組んでもらっています。
勉強会を通じて、幹部層やマネジメント層が「これは便利だ」と実感できれば、各部署・チームにも広がっていきます。
また、一般の社員を対象とした勉強会も開催し、そこでもアウトプットを重視しています。最近では社員から「こういう勉強会を開いてほしい」という要望も出るようになりました。生成AIの勉強会も社員の発案で開催したものです。
── 社員の皆さんが自主的にDXに取り組んでいる印象です。これまでDXを推進するなかで、壁や困難を感じることはありましたか。
岩佐:2008年にFileMakerで基幹システムを構築したときは、一部の社員からネガティブな声が上がったと聞いています。「納期遅れや仕事の溜まり具合まで筒抜けになるのは困る」といった、管理が厳しくなることへの抵抗感ですね。
ただ、会社としては、そうした個人の状況が見えるようになることは、遅れに対して周囲がフォローに回れるようになるという意味で、プラスだと考えていました。
デジタル化を始めてからもう18年になりますが、現在はDXを進めるうえで大きな壁を感じることはほとんどありません。
というのも、当社は2009年から「改善シート」を用いた改善活動を継続しており、各チームが毎月1件ずつ改善案を出して実践しているからです。そうした積み重ねがあったので、社員にとってもDXは「新しい改善のネタが増えた」くらいの感覚だったのだと思います(笑)。
福田:多くの企業では「DXは経営が主導し、現場はそれについていくもの」という形になりがちです。しかし田野井製作所さんでは、若手社員を含めて現場から改善案が自然に出てくる。そこが大きな違いだと感じています。
トップが言葉を尽くすことで「面倒でもやる文化」を育てる
── DXを推進していく秘訣は何でしょうか。
岩佐:これはもう「文化」だと思います。当社では5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)の取り組みを実践していますが、最初は社員も面倒だと感じていたと思います。
ただ、それをやり続けることで「やるべきことをやる」カルチャーが定着してきました。いまでは毎月提出する改善案も、ずっと先のストックができるまでになっています。

改善活動は社内のいたるところで行われている。照明のスイッチはフロアの位置が色分けで一目でわかるように
── その「文化」を育てるうえで重要だったことは何でしょうか。
岩佐:まず、何よりもトップである社長が「なぜこれをやらないといけないのか」を丁寧に説明し続けてきたことが大きいと思います。
社員は納得いかないことはやりたくありません。逆にたとえ面倒なことでも、説明してもらって納得できればやる気になります。トップが言語化し、常に言葉を発することが大事なんです。
── 今後のDXの展開について、どのような構想をお持ちですか。
岩佐:先日、DXのカンファレンスに参加して、他社さんの事例発表にすごく刺激を受けました。
いままでは自分たちの社内だけでDXを進めてきましたが、今後は製造業の先進事例として外にも伝えていけたらと思っています。
特に当社と同規模の中小企業ではDX活用で飛躍的に人手不足や生産性を改善することが出来ます。
福田:田野井製作所さんは現在、工場見学を実施していて多くの方が来られます。その「DX版」を始めてみるのも面白いと思っています。どんなふうにデジタルを活用しているのか、現場に来て見ていただくと参考になるはずです。
── 最後に、これからDXに取り組む企業へアドバイスをお願いします。
福田:田野井製作所の皆さんは、「面倒だ」と言いながらも、きちんとやり切るんですよね。多くの会社は「面倒だから」と手を付けず、「デジタル化しなければ」と思いながらも、忙しさを理由に先延ばしにしてしまう。
その点、田野井製作所さんは違う。「面倒でもやる」「今日やるべきことは今日やる」。その姿勢こそが、DX推進の最大のポイントだと思います。
岩佐:新しいテクノロジーが出てきても、なかなか一歩踏み出せない会社も少なくないと思います。
また、新しいことを取り入れるときに「やらない理由」を考える人がいますが、これもGeminiに質問したら、たくさん理由を考えてくれます。使ってみれば便利なツールだということが解ります。
苦手意識を持たず、まずやってみる。その一歩を、ぜひ大切にしてください。
取材・構成・撮影:山田井ユウキ
編集・制作:株式会社はてな
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