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DSSが支えるライオンのDX人材戦略。 独自の19ロールで重点テーマに挑む

DX事例 人材育成

1891年創業のライオン株式会社は、ハミガキやハブラシなどのオーラルヘルスケアをはじめ、ビューティケア、ファブリックケア、リビングケア、さらに「バファリン」などの薬品まで、生活に密着したヘルスケア製品を展開する日用品メーカーです。

2018年の基幹システム刷新を機に、研究開発部門にとどまっていたデータ活用を全社へ広げるDXを本格化し、現在はデジタル戦略部がその推進役を担っています。DXを事業の柱として進めるなかで、人材育成の軸として「デジタルスキル標準(DSS)」を活用しつつ、自社のDX人材像を19ロールで定義しているとのこと。戦略と人材育成を結び付ける取り組みについて、担当者に伺いました。

基幹システムを刷新し、全社横断のデータ活用環境を整備

──伝統あるメーカーとして、デジタル化やDXにどのように取り組んでこられたのでしょうか。

デジタル戦略部 戦略企画グループ 吉村美希氏(以下、吉村):大きな転機は、2018年から段階的に進め、2022年5月に稼働を開始した基幹システムの刷新です。それまで部門ごとに別々のシステムを使っていましたが、新システムにより部門の枠を越えてデータを繋げられる環境が整いました。もともと研究開発部門では組成開発や香味開発などでデータ活用を進めていましたが、そうした取り組みを全社に広げていこうという発想に切り替わったのがこのタイミングです。

お客さまのニーズへの対応という観点でも、開発から製造、販売までのプロセスの高度化が重要と考えています。研究開発、生産、営業などの部門間でデータを横断的に活用することで、お客さまにより高い価値を、より迅速に提供したいという考えがDX推進の背景にありました。

──新たな基幹システムの下、どのようなデジタル戦略を描いたのでしょうか。

吉村:2030年に向けた中長期経営戦略フレーム「Vision2030」を策定し、そのなかでデジタル戦略のキャッチフレーズとして「LDX――習慣を科学する」を掲げました。LDXは「LION DIGITAL TRANSFORMATION」の略で、「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する」という当社のパーパスを、デジタルの力で後押しするという意味を込めています。

──デジタル戦略部の体制について教えてください。

吉村:DX推進部が2021年に発足し、2023年に同部と既存システムの開発・運用を行っていた統合システム部、基幹システムの導入を主導してきたBPR推進部の3部が統合され、「デジタル戦略部」となりました。全社的DX戦略とDX人材育成を担う「戦略企画グループ」、ITインフラ構築・運用やビジネスの加速支援を担う「情報システムグループ」、データ分析関連業務を担う「データサイエンスグループ」の3グループ体制です。新しい基幹システムを土台に、攻めのDXと守りのDXを両立させながら、これまでの事業で蓄積してきたデータを新たな事業や価値創出に繋げる役割を担っています。

「DXレディー人材」を増やし、社内のコミュニティ作りも

――DX初期の人材育成についてお聞かせください。

吉村:2022年頃は、DXで会社をどう変えるのかという戦略の解像度がまだ十分ではありませんでした。そのため、まずは社内のデジタル理解を深め、将来戦略が固まったときに貢献できる「DXレディー人材」を増やすことから始めました。イメージとしては、営業や研究など、どの部門でも、数字を見たときに自ら分析し示唆を引き出せる基礎的なデータ活用スキルを持つ人材です。

他方、社内には独学でデータサイエンスやデジタル技術を学んでいるメンバーも一定数いましたので、そうした興味関心の高い層を集めてコミュニティを作り、クラウドや機械学習、デジタルツールなどをテーマに勉強会も行いました。規模としては15~20名ほどですが、現場感覚を持ちながらデジタルにも詳しいメンバーで、現在もプロジェクトを進めるうえで心強いパートナーになっています。

──教育プログラムの展開はどのように?

吉村:オンラインでのリテラシー講座配信に加え、選抜メンバー向けにデータサイエンスやコーディングなど基礎教育のプログラムを提供しました。また、外部の有識者を招いたイベントを開催し、DXに関する知見をインプットしていただく機会も設けました。研究部門や生産部門など、もともとデジタル活用が進んでいた部門から広がり、当初はDXを自分事ととらえきれなかった部門にも「デジタルスキルは必要だ」という認識が浸透してきています。

戦略を13の重点テーマに細分化し、人材定義に紐付け

──デジタル戦略がより具体化したのは、どのタイミングでしょうか。

吉村:2024年4月に、さまざまな企業でDXを主導してきた中林紀彦が、執行役員 全社デジタル戦略担当・デジタル戦略部担当として入社したことが大きなきっかけです。全社戦略とデジタル戦略が強く結び付けられ、2024年から2025年にかけてデジタル戦略の解像度が一気に高まりました。

──そこでDSSに注目されたのですね。

吉村:はい。デジタル活用で経営管理レベルを引き上げ、事業効率化や重点領域の強化、さらに企業価値向上を図るために、「未来予測型経営」「DX民主化」「デジタル活用による重点領域強化」という3つの軸を定め、さらに「新規事業の拡大」「モノづくりDX促進」「需要予測の高度化・精緻化」など13の重点テーマに細分化しました。

ただ、各領域でDXのゴールは見えてきたものの、「どんな人材がどれくらい必要か」を言語化するのが難しいという課題が生まれました。そこで参照したのがDSS、特にDX推進スキル標準だったのです。

*製品の企画や設計から生産、販売、廃棄にいたるまでのライフサイクル全体を統合的に管理する仕組み【図1】2030年に向けたデジタル戦略の考え方

──DSSの中で、特に重視した人材類型はありますか。

吉村:最初に着目したのはビジネスアーキテクトです。DXを推進するうえでカギになる人材類型であり、当社ではDXの最初の一歩を担う役割として位置付けました。ビジネスのなかでデジタルをどう活用するかを構想し、推進できる人材となるべく、全社員がビジネスアーキテクトを目指すというベースラインを置きました。

──スキルの現状把握はどのように行ったのでしょうか。

吉村:DSSをベースに、デジタル化対象の社員約3,000名にスキルアセスメントを実施しました。その結果、本来、基礎的な位置付けにあるビジネスアーキテクトですら 期待するレベルに達している人は非常に少ないということが分かりました。人的資本経営の観点で行っていた人事の施策とも重ね合わせると、同様の傾向が見られました。

そこで、重点テーマごとに「このアクションはどのロールが担うのか」を整理し、DSSを参考に当社独自のDX人材像を19種類に定義しました。デジタル戦略のTo-Beと人材のTo-Be像を結び付けたわけです。一般的にデジタル系の職種は非常に細分化されていますが、自社の戦略に沿う形で19にまで絞り込むことができたのは、DSSの助けが大きかったと感じています。

【図2】ライオンの設定した19種類のDX人材像

基本スタンスは「全員をビジネスアーキテクトへ」

──全社員が19種類のロールのいずれかを目指すのですか。

吉村:最終的にはそうなる構想ですが、ボリュームゾーンはやはりビジネスアーキテクトになるでしょう。重点テーマごとに「この領域ではどんな状態を目指すのか」が明確になってきたことで、「このロールの人材が何人揃えば成果が出るのか」「逆に足りなければテーマの進捗に影響が出るのか」といった議論ができるようになりました。教育も採用も、人事戦略として具体的な人数や時期を設計できる段階に近づいていると感じています。

──重点テーマに紐付けることで、求める人材を効率よく育成できるわけですね。

吉村:そのとおりです。以前は基礎的なデジタル教育を広く展開してきましたが、学んだ内容が現場の業務に十分に結びつけられていないと感じていました。そこで現在は、デジタルの重点テーマに深く関わる人材を最優先で育成しようと、対象をフォーカスしています。ただ、あまりに狭めてしまうと裾野が広がらない懸念もあるので、重点テーマに力をかけつつ、リテラシー講座など広い層への種まきも並行して続ける方針です。

──個々の社員が目指すロールはどのように決めているのですか。

吉村:大きく2パターンあり、1つは会社の主導、もう1つは本人の希望です。重点テーマに関わるメンバーには会社として「あなたにはこのロールを担ってほしい」と期待を明示することもありますし、一方でキャリアの希望や得意分野に応じて社員自らが「このロールを目指したい」と手を挙げるケースもあります。

──重点テーマに参画するうえで不足しているスキルは、どのように補う想定でしょうか。

吉村:重点テーマはそれぞれがプロジェクトの形式で進められます。プロジェクトに参画したい、あるいは参画が期待されるメンバーのスキルがその時点で足りていない場合に、「このスキルを身につけてから入ってください」ではなく、オンラインの座学やOJTを組み合わせてプロジェクトと並行して育成していくイメージを持っています。

本格的な教育プログラムは、2026年1月以降に始動する予定です。今関わっているリーダークラスに加え、次世代として関わることが期待されるメンバーにも、早い段階で教育機会を提供していきたいと考えています。

DX人材のイメージが具体化。議論もより本質的に

──DSS活用によって、どのような効果が生まれていると感じますか。

吉村:一番大きいのは、「DX人材のイメージが具体化したこと」です。以前は「デジタル人材」「デジタルを活用する人」といった表現しかできませんでしたが、DSSのおかげで「どんなスキルを持ち、どんな役割を担う人なのか」を分解して説明できるようになりました。

また、DXに関する議論も、「世の中の流れに乗ってDXに取り組む」というレベルから、「変革(X)を起こすための手段としてデジタル(D)をどう使うか」という本質的な話にシフトしています。経営レイヤーが事業計画を語る場でもデジタルが重要テーマとして扱われ、「そこにどんな人材が必要か」という議論が必ずついてくるようになりました。

──業務への反映はいかがですか。

吉村:データやAIの活用はさらに高度化しています。マテリアルズ・インフォマティクスでハミガキに使う組成を開発したり、自社の研究開発データによる追加学習を行った、当社独自の大規模言語モデル(LLM)の内製開発を通じて、研究プロセスの短縮、開発スピードの向上がもたらされています。

──デジタル人材育成に取り組もうとする企業の皆さんにメッセージをお願いします。

吉村:私たちも他社の取り組みを伺うなかで、悩みどころが共通していると感じることが多くあります。ライオンもまだ道半ばで、やることはたくさんありますが、今の世の中でデジタル活用を抜きに事業運営をすることは難しく、デジタル人材教育はある意味「当たり前のテーマ」になっていると思います。

歴史ある日本企業として、当社はこのデジタル領域を大きな変革を生み出す重要な要素と位置付け、力を注いでいます。各社で同じような取り組みが進み、人材交流も生まれれば、世の中全体で価値の高い人材がどんどん輩出される文化が醸成されていくはずです。それは当社にとっても新しい出会いや価値の共創に繋がります。DSSのような共通の基盤をうまく活用しながら、共にデジタル人材育成を進めていければ心強いです。

※掲載内容は2025年11月取材時のものです。

取材協力

ライオン株式会社

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