DXのモヤモヤを断ち切る “デザイン思考ハンドブック”とは──実践までの最短ルート
今やあらゆる組織や企業が当たり前に取り組んでいるDX。日々の業務改善から新しいサービスの創出に至るまで、DXに向けた取り組みで不可欠なのが、ユーザーをはじめとする当事者の「真のニーズ」を捉えて問題解決を図ることです。しかし、そのために一体何をすればよいのか、悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
- DXと言われても、どのような取り組みを進めればよいか分からない
- 進んでいるプロジェクトはあるが、現場からの期待感や反応が薄い
- 要望通りのツールを提供したが、あまり使われないし、効果が出ない
そんな方にお勧めしたいのが、「デザイン思考」です。アシスト社の主催するソリューション研究会では、複数の企業メンバーが協力して作成した「DX推進のためのデザイン思考ハンドブック」を公開しています。このハンドブックでは、デザイン思考の簡潔な説明や、デザイン思考による問題解決の具体的な手順が、デザイン思考初学者向けにコンパクトにまとめられています。
この記事では、そのハンドブック作成チームのリーダーであり、事業会社のDXの最前線でデザイン思考を活用しプロジェクトの企画・推進を担う筆者が 、ハンドブックで解説する問題解決手法について解説します。「これなら始められそうだ」と感じたら、ぜひあなた 自身の手で実践してみてください。
デザイン思考とは
デザイン思考とは一体何なのでしょうか?
全世界共通の説明や表現はありませんが、筆者は「ユーザーの体験を中心とした問題解決手法」と総称・定義できるものと考えています。
デザイン思考では、「ユーザーの抱える問題やニーズを洗い出して『定義し』、解決策を『考え』『形にする』」という流れで問題解決を図ります。
徹底的にユーザーやその体験にフォーカスして問題やニーズを分析することで、潜在的な問題やニーズを顕在化させられる可能性を秘めていることが特長です。
デザイン思考の「デザイン」って?
一般的に、「デザイン」と言われるとモノの色や形など、見た目の設計を連想する方も多いと思いますが、デザイン思考における「デザイン」の概念はこれとは少し異なります。
ここで言うデザインとは、いわば形を持たない「プロセスや体験の設計」とも言えるものであり、形を持った「モノの設計」の範疇を超える概念なのです。
なぜ今「デザイン思考」なのか
現代のビジネス環境は、かつてないほどユーザー中心になっています。
まだ市場が成熟していない状況においては「企業がよいと思うものを作り,ユーザーはそれを買う」という構図でした。しかし、市場の成熟に伴いユーザーの選択肢が豊富になったことで、「ユーザーが多くの製品やサービスの中から自由に選択して購入する」という構図に変化していきました。
選択肢が与えられたユーザーは、違いを探し始めます。その結果、ユーザーの興味は「モノ(所有)」から「コト(機能やそれによる体験)」へ移り変わっていったのです。現在、多くの市場がこのような成熟した状態となっていることに加え、現代は「VUCAの時代」とも称されるほど変化が激しく、先を見通すことが困難です。
このような背景から、現代ビジネスでは、ユーザーニーズを迅速に捉え、ユーザーに選ばれる製品やサービス作りを行うことが価値創出の有力なアプローチであると考えられます。そのための手段として、「ユーザーの体験を中心とした問題解決手法」であるデザイン思考がフィットするのです。

さらに、デザイン思考は大きな市場変化を起こす可能性を秘めています。Apple社や任天堂社に代表される企業が、ユーザー体験を起点としたアプローチで価値を提供し、それが結果として「イノベーション」と呼ばれるようになった例は広く知られています。
デザイン思考は、ユーザー中心である現代の市場構造にマッチしているだけでなく、イノベーション創出の可能性も秘めた問題解決アプローチとして注目されています。現代の企業が存在感を保つ/向上させるためには、デザイン思考を活用した価値創出の積極的な検討が求められると言えるでしょう。
DXとデザイン思考の関係性
誤解されがちですが、DXという言葉が意味するのはデータやデジタル技術の活用そのものではありません。あくまでその活用の結果引き起こされる、変革やイノベーションとして扱われるべき概念です。(参考:デジタルガバナンス・コード3.0 )
デザイン思考を、イノベーションを起こすためのツールの1つと捉えると、デザイン思考とDXはそれぞれ手段と目的の関係にあります。
現代のあらゆるソリューションにデータやデジタル技術が関与していることを考えると、デザイン思考はもはや「DXのためのツールの1つ」であると言えるでしょう。
デザイン思考の理解と実践に向けた障壁
デザイン思考による問題解決の流れを説明する際、よく用いられるのが代表的なフレームワーク「5つのデザイン思考プロセス」です。
このフレームワークではデザイン思考を5つのプロセスで表現し、各プロセスを往来して問題解決を図ることが示されています。
デザイン思考 5 つのステップ(ハーバード大学デザイン研究所,ハッソ・プラットナー教授提唱の図をもとに分科会で作成)
デザイン思考について検索すると、上図のようなフレームワークの概要の説明や、関連するツールといった情報はヒットします。一方で、「実務で試せるレベルの、簡便かつ具体的なデザイン思考による問題解決の手順」に相当するものは見つからないのが実状です。
こういった実状もあり、デザイン思考の理解や活用はそれほど進んでいません。CONCENT社のデザイン思考・デザイン経営レポート2023では、デザイン思考の認知度は高いものの活用は進んでおらず、その背景の一つとしてデザイン思考の理解不足が指摘されています。
試すべきデザイン思考の手法とその理由
では、どのようにデザイン思考を理解、あるいは習得し活用に繋げればよいのでしょうか?
ここで紹介したいのが、「DX推進のためのデザイン思考ハンドブック」です。

このハンドブックは、「デザイン思考の初学者向けに、デザイン思考を問題解決に効果的に活用するための意識や方法論を解説した包括的ガイド」です。デザイン思考による問題解決手順を、ご自身の組織に合わせて柔軟に改善・最適化いただく前提の「たたき台」として解説しています。また、実践にあたり必要なコンテンツがコンパクトにまとめられています。忙しいビジネスマンがサクッとデザイン思考について知り、まず一度実践するのにぴったりではないでしょうか。
ハンドブックで解説する手順は、シンプルさ、分かりやすさを重視しながらも、デザイン思考で期待する「潜在的なニーズを捉えた問題解決」を実現可能であることが実証されています。(検証の詳細は、成果報告会での発表動画 をご覧ください。)
ここからは、ハンドブックで解説しているデザイン思考による問題解決の手順を、簡潔に解説していきます。
ハンドブックで解説するデザイン思考による問題解決の手順
ハンドブックでは、問題解決の流れを共感、発案、実現の3つのプロセスに分けて解説しています。それぞれのプロセスの概要は以下の通りです。ここでは、ハンドブックよりもさらにポイントを絞ってお伝えします。
①共感
- 事前準備シートの作成
- インタビュー
- フロー、感情、問題の可視化・ニーズ分析
②発案
- アイデア発散(個人⇒グループ)
- アイデア収束
③実現
- アイデア実現
①共感:ユーザー体験や問題を可視化し、真のニーズを導く
デザイン思考では、ユーザー体験(プロダクトユーザーの、プロダクトに関連する行動や感情)の理解が非常に重要です。ユーザー体験を深く理解するには、ユーザー体験を掘り下げる質問を繰り返すことが有効です。さらに、ユーザーが話す際の細かいニュアンスや表情、感情といった情報も重要な手がかりとなります。
このような情報を網羅的に得るために最も汎用的かつ実行しやすい方法として、ハンドブックでは「ユーザー自身にインタビューを行うこと」を推奨しています。
話を掘り下げる際には、下図の「3つの“ど”」を活用するとよいでしょう。「どんな」「どうして」「どのくらい」といった疑問詞を皮切りにすると、質問がしやすくなるかもしれません。

インタビューで得た情報の整理方法としては、ユーザーの体験の流れ(フロー)、感情、問題を可視化することを提案しています。可視化方法はご自身の使い慣れたもので構いませんが、ハンドブックでは後の発案プロセスを見越してホワイトボードツールをお勧めしています。
下図のようなイメージで可視化を進めていくことで、デザインチームだけでなく、ユーザー自身が体験を客観視できるようになることがポイントです。ユーザー自身が自分の体験を客観視することで、言語化できていなかった問題が顕在化することがあります。フローや感情、問題の可視化後にもう一度インタビューや議論の場を設けることも非常に有効です。
ハンドブックでは、必要に応じて前の手順やプロセスに戻ることを推奨しています。共感プロセスはその後の取り組みの方向性を決める重要なプロセスです。やや手間はかかりますが、ここを丁寧に進めることで、後のプロセスがぐっと楽になります。

問題を洗い出し、可視化し切ったところで実現すべきニーズを考えましょう。各問題について「この問題を解決して、ユーザーが実現したいことは何か」を考えると良いでしょう。
ここで定義したニーズが発案、実現プロセスの方向性を左右します。可能な限り、発案プロセスに移る前にユーザーにも定義したニーズに違和感がないかどうかを確認しておくことをお勧めします。
②発案:真のニーズを捉えた解決策を立案する
共感プロセスで定義したニーズと、可視化したフローや感情、問題を参考に、解決策に繋がるアイデアを出していきましょう。
ハンドブックではここでもホワイトボードの利用を推奨しています。直感的な操作でアイデア出しや整理が行いやすいほか、共感プロセスの成果物を同じホワイトボード上で管理しておけば、シームレスに共感プロセスとの往来が可能であるためです。
まずはアイデア出しです。アイデアの網羅性を担保するため、必ず個人ワークの時間を確保してから、グループワークに入りましょう。整理や構造化、粒度の調整などは後回しで構いません。共感プロセスで定義したニーズの実現に向けて、とにかくアイデアを出し切ることを意識してください。
似たアイデアをグルーピングしながら整理し、一段落したタイミングでアイデアを「有効性」と「実現性」の2つの観点で評価し優先順位をつけ、どのアイデアを実現プロセスに進めるかを決定していきましょう。可能な限り、ここでもユーザーとすり合わせしておくことをお勧めします。
③実現:ユーザーの価値を実現し、改善を繰り返す
発案プロセスで絞り込んだアイデアをもとに試作品を作り、テストと改善を繰り返していきましょう。
試作品は可能な限り手間をかけずに「ラフ・安上がり」に作成することで、ユーザーからの建設的なフィードバックを得やすくなります。試作品を作るのにも手間がかかる場合は、まずは設計やモックアップなどにより、ユーザーが成果物やその価値をイメージしやすくなる工夫があるとよいでしょう。
ポイント
デザイン思考による問題解決のポイントを3つに絞り紹介します。
- ユーザー中心:デザイン思考はユーザーの体験の理解に始まり、ユーザーへの価値提供に終わります。あらゆる場面で、ユーザー中心の考え方が必要です。
- 対話重視:ユーザーとの対話、デザインチームメンバーとの対話、これらを充実させることが真のニーズの解明や解決策の立案、その実現に繋がります。
- プロセスの往来:真のニーズや有効性、実現性を両立したアイデアには簡単にはたどり着けません。必要に応じて自由に各プロセスを往来することで、少しずつ真のニーズやそれを捉えた解決策に近づきます。
デザイン思考のデメリット、留意点
デザイン思考を実践するうえで最も留意すべきデメリットは、時間や労力がかかることです。
特に、スピード重視で成果が求められる組織や、忙しい現場のユーザーの工数を使うことをよく思わない組織では、摩擦が発生するリスクが高いため、上記デメリットについてよく理解し、まずは小さく試すことをお勧めします。実現プロセスありきで話を進めるのではなく、まずは共感、発案プロセスを試し「真のニーズを捉えた解決策のアイデア」にたどり着くことを目標にするのもよいでしょう。本当によいアイデアは、自ずと実現プロセスに向かうはずです。
また、繰り返しになりますが、ハンドブックや当記事で解説する手順はあくまで「たたき台」です。デザイン思考初学者の方がまず一度実践していただけることを目指し、シンプルさ、分かりやすさを重視して作成しています。ご自身の組織に合わせて柔軟に改善・最適化いただく前提の手順であることを改めて強調します。
さいごに
デザイン思考の習得の近道は、実践することです。「習うより慣れよ」との先人の言葉に従い、ハンドブックを片手にまずは一度実践してみることが何より重要だと感じます。
これは筆者の実体験にも基づいています。ハンドブック作成前に、分科会のメンバーとともにデザイン思考について調査していましたが、いくら調査しても実践できそうと思えるほど「分かった」気にはなりませんでした。
ところが、不安を感じながらも実践してみることで、その意識は大きく変わりました。実践と改善を繰り返し、潜在的なニーズの解明に成功するようになるにつれて、不安はなくなっていきました。今でもデザイン思考を完全に「分かった」気にはなっていませんが、実践前後で「分かった感」が大きく向上したことは確かです。理論だけでは決して埋まらない差が、そこにはあります。
デザイン思考が「分からない」から「実践できない」という気持ちには非常に共感します。ですが一方で、「実践しない」ことにはいつまでも「分からない」ままなのかもしれません。
デザイン思考による問題解決を試してみたい、少しでもそう思ったのであれば、きっとハンドブックが役に立つでしょう。
アシスト社 ソリューション研究会について
「DX推進のためのデザイン思考活用ハンドブック」は、アシストが主催するソリューション研究会という集まりの分科会で作成されたものです。
ソリューション研究会は、様々な企業が集まり、交流、学びの場として1996年から活動している団体です。テーマごとの分科会では1年間の研究活動を通じてDXや生成AIなどをテーマとする課題の解決策を考え、成果物としてまとめます。
紹介したハンドブックを作成した「DXとデザイン思考分科会」は、2023年度に実施されました。この分科会の参加メンバーは以下の通りです。
| 所属企業名 | 氏名 |
|---|---|
| 住友ファーマ株式会社 | 坂本 光 |
| アビームシステムズ株式会社 | 十田 宗匡 |
| 株式会社フジシール | 浅田 和 |
| アイテック阪急阪神株式会社 | 宮坂 幸穂 |
| アイテック阪急阪神株式会社 | 橘 祐汰 |
| 株式会社麻生情報システム | 集 太一 |
| エスペック株式会社 | 石坂 知子 |
| 象印マホービン株式会社 | 野村 裕 |
| 広島ガス株式会社 | 渡上 尚彦 |
| 株式会社アシスト | 川又 伸行 |
| 株式会社アシスト | 間野 高志 |
関連リンク
「DX推進を指向したデザイン思考ハンドブックの開発」、 情報処理学会 デジタルプラクティス 通巻66号
独立行政法人情報処理推進機構(IPA), 「DX白書2023」
株式会社コンセント,「デザイン思考・デザイン経営レポート2023」
製薬企業での創薬研究、日用品卸での社内SEを経て、2024年に住友ファーマに入社。現在は同社の内製チームにて、研究、IT、デザイン思考の知見を活かし、社内DXプロジェクトの企画、システム/ツール開発・運用、AWS利用環境の改善等に取り組む。
concept『 学んで、知って、実践する 』
DX SQUAREは、デジタルトランスフォーメーションに取り組むみなさんのためのポータルサイトです。みなさんの「学びたい!」「知りたい!」「実践したい!」のために、さまざまな情報を発信しています。
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