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アース製薬のDX認定取得は“宣言”からスタート── 社内の機運醸成が成功のポイント

DX事例

虫ケア用品でおなじみの日用品大手・アース製薬は、2021年の前・中期経営計画をきっかけにDX推進の取り組みをスタートしました。 

現在までに販売物流システム、生産原価管理システムなどの基幹業務システムや、バックオフィス業務として日常的に使われる業務システムを刷新。プロセスの見える化と全体最適化を実現し、2025年にはDX認定も取得しています。 

従業員のITリテラシーに幅があるという課題に対し、同社はどのようにDXの方針を打ち出し、全社を巻き込みながら進めていったのでしょうか。 

DX推進施策とDX認定取得の取り組みについて、担当者の方々にお話を伺いました。 

売上から利益重視へ──経営方針の転換がDXの契機

── まず、アース製薬の事業について教えてください。

経営統括本部 経営管理部 部長 山本壮平氏

経営統括本部 経営管理部 部長 山本壮平氏(以下、山本):当社は主に虫ケア用品のほか、オーラルケアの「モンダミン」や入浴剤の「バスロマン」など、暮らしに密着した製品・ブランドを幅広く取り扱っています。

一般的には生活用品の印象が強いと思いますが、グループ会社ではペット用品や、BtoBビジネスなども展開しています。

── DXに取り組んだ背景について教えてください。

山本:2021年の前・中期経営計画で「モノサシの刷新」を掲げたことが背景にあります。

「モノサシ」とは、経営指標や評価軸のこと。それまでの売上重視の経営から、利益重視の経営に移行する方針が固まったのです。利益を上げるには、売上を上げるだけでなく、無駄を省いて業務を効率化し、コストを削減することも重要です。

そこで、掲げられたのが「ICTインフラの刷新」です。同時に、前・中期経営計画で「DXの積極的推進」が明記されました。

ちょうど当時はコロナ禍の真っただなかで、人々の生活や働き方が急速に変化し、価値観もアナログからデジタルへと移行し始めたこともDXを後押ししました。

社内システムだけじゃない! 現場のアイデアを生かした商品のDX

── ICTインフラの刷新とは具体的にどういうことでしょうか。

経営統括本部 情報システム部 ITインフラ・セキュリティ管理室 室長 作地昭彦氏

経営統括本部 情報システム部 ITインフラ・セキュリティ管理室 室長 作地昭彦氏(以下、作地):まずは、業務の効率化とデータの一貫性を目指し、大規模なシステム刷新プロジェクトとなった基幹業務システムの抜本的見直しがDXの第一歩だったと思います。販売物流システムや生産原価管理システムといった基幹となる業務機能の刷新を進めることで、もともとは個別のシステムとして運用されていたものが、さまざまな部署を横断して一気通貫に近い形で統合されました。

実は、この基幹システムの刷新で最も大きく変わったのが生産現場です。それまで20年近く使い続けてきた古いシステムからの一新だったので、現場の業務プロセスも大きく変わりました。

── そうした基幹システムの刷新以外にも、見直したことがあるのですか。

作地:はい。ペーパーレス化のための旅費精算システムの変更や、脱ハンコ実現のためのワークフローシステムの導入、そしてポータルサイトの刷新による従業員エンゲージメントの向上など、従業員の働き方に関わるさまざまな取り組みを同時に進めてまいりました。

── 貴社ならではの特徴的な取り組みもありますか。

作地:お客さま目線での取り組みとしては、たとえば「アースノーマット60日」などの商品で、取り替え時期をお知らせする「楽ちんお知らせQR」を作りました。パッケージに記載されたQRコードを読み取ることで、スマホのカレンダーアプリに取り替え時期を自動で登録できる仕組みです。

他社でも同様の機能はありますが、当社はユーザー登録も必要なく、登録ステップ数をできるかぎり減らして、数回のタップで簡単に登録できるように工夫しています。これは現場からのアイデアで生まれたDXの一例です。

「楽ちんお知らせQR」のイメージ図。QRコードを読み取るとスマートフォンのカレンダーアプリに取り替え日が追加できる(アース製薬のHPより)

── DXを進めるにあたって課題もあったと思います。それをどう乗り越えてきたのでしょうか。

作地:はい、大きな課題の一つは、現場従業員のITリテラシーに幅があり、必ずしもデジタルに精通している人ばかりではないということでした。「DX」という言葉自体への理解不足や「今のやり方が変わることへの不安」から、新しいシステムへの抵抗感を持つ人が少なくなかったと感じております。

このような課題に対しては、プロジェクトのトップからシステム刷新の重要性を明確に発信し、業務カテゴリーごとのタスクフォースでキーパーソンを選任、懸念事項を吸い上げ共有し、現場レベルでの意識統一とフォローアップを行いました。

加えて、ポータルサイトの社内Q&Aに説明資料や操作手順を整備することで、従業員が自己解決できる環境を整えております。

このように、トップダウンの推進力と現場への細やかな支援体制の両輪で全社的なDXへの抵抗感を払拭し、スムーズな業務移行をしてまいりました。

「DX認定取得を目指す」社内への周知からスタート

── 2025年7月に「DX認定」を取得されました。取得しようと思われたきっかけは何だったのでしょうか。

経営統括本部 経営企画部 部長 早川毅氏

経営統括本部 経営企画部 部長 早川毅氏(以下、早川):実は基幹業務システムのリニューアル時に、DX認定を取得すれば税制優遇を受けられるという情報(編集部注:現在は金利優遇と補助金はありますが、税制優遇は2025年3月末で終了しています)があり、一度DX認定取得を検討したことがありました。

ただ、そのときはすでにプロジェクトが動き出していたため、そちらにリソースを割かなければならず、十分な検討を行うことができませんでした。

その後、システム構築が落ち着き、DXの推進についてあらためて検討することになりました。ちょうどAIなどの技術が急速に進化している時期でもありましたし、競合他社の動向を見たうえで、DXを戦略として明確に打ち出していく必要性を感じ、そのための手段の一つとしてDX認定取得について検討をすることになりました。

── 認定取得にあたっては伴走支援を活用されたそうですが、どのような流れで進めたのでしょうか。

山本:DX認定のことは把握していましたが、具体的な進め方がわからなかったので、キヤノンマーケティングジャパンさまに支援をお願いしました。

取得に向けて何をすべきかをキヤノンマーケティングジャパンさまと協議しながら明確にしていき、それに対して当社が計画を立てて実行するという役割分担で進めていきました。DX認定取得の勘所や整備すべき点などを示していただいて、とても助かりましたね。

早川:キックオフは2025年2月で、当初は9月頃の取得を目指して、半年間のスパンで計画しました。最初に取り組んだのは、社内への周知です。認定に向けて各部署に協力を要請する場面も出てくるため、まずは「DX認定の取得を目指します」と宣言するところから始めたのです。

── 社内の反響はいかがでしたか。

早川:全体としては賛同意見が多かったです。同業他社でも取り組みを始めていますし、むしろ「ようやく始めるのか」という反応もあったくらいです。

加えて「DX認定を取って、そのあとどうするのか」という将来への質問も多く寄せられました。DX認定取得後の“次のステップ”も考える必要がありました。

DX推進指標の活用で現状や注力ポイントを把握

── DX認定取得の準備では、「DX推進指標」を活用されたとお聞きしました。どのような印象を持ちましたか。

早川:DX推進指標は「自己診断」という位置付けですが、私は採点を厳しめにしていましたね。というのも、たとえば基幹業務システムを刷新しても、それ自体はまだ「変革」とは呼べないからです。業務フローが変わり、効率化が進み、スループットが拡大し社内における変革があって初めて「DX」だと考えています。

そういう意識で採点をしたので、取得時に伴走してくれたキヤノンマーケティングジャパンさまから「厳しすぎるのでは」と言われたりもしました(笑)。

作地:少し補足すると、DXには一般的に「デジタル化(Digitization)」「デジタル活用(Digitalization)」「変革(Transformation)」という3つの段階があると言われています。

今回の自己診断の採点が厳しくなった背景には、まだまだ「デジタル化」や「デジタル活用」の域を超えておらず、「本当の意味での変革」には至っていないという共通認識が自己評価の厳しさにつながったのかもしれません。

── DX認定の申請を進めるなかで難しいと感じた点はありましたか。

早川:細かく分類された設問を理解しながら、ひとつひとつ答えていくのは簡単ではありませんでした。また、執行役員会で説明する際にも、「採点の根拠」や「他社の状況との比較」「3年後の目標値」などについて質問され、それに答えるのも大変でしたね……。

ただ、DX推進指標のシートを記載すると、3年後の理想との差分もわかるようになっています。当社であれば、基幹業務システムといったインフラはしっかり整備されている一方で、DX推進に関する全体感やビジョンの整備が弱いことが課題でした。こに注力していくべきか把握でき、フレームワークは非常に役立ちました。

また、申請書の作成では、DXに関する開示資料を作るのに苦労しました。これからやっていくことや方針をあらためて整理し、形にする必要がありました。

ただ、その段階ではまだDXを全社で取り組んだ実績は乏しかったので、まずは当社のDXの方針を周知することを目的に作成しました。実際には各部門単位でさまざまに取り組んでいることはあって、伝えたいこともたくさんありましたが、最終的に「何を削って、何をメッセージとして盛り込むのか」という引き算で考えていきました。

DXの取り組み「5つの中長期方針」(アース製薬「DX推進の取り組み」より)

「DX推進委員会」を設立し、取り組みを加速する

── 実際にDX認定を取得されて、どのようなメリットや成果が出ていますか。

早川:同じ業界を見渡すと、まだDX認定取得企業は多くない印象があります。そんななかで、他社に大きく遅れることなく取得できたことはメリットだと考えています。

ただ、繰り返しになりますが、DX認定を取得して終わりではなく、重要なのは「これからどう進めていくか」です。すでに今後どう進めるか協議を始めていますが、こうした積極的な動きが出てきたこと自体が、DX認定を取得した大きなメリットだと思います

── DX認定取得後の社内の雰囲気や経営層の反応はいかがですか。

山本:DX認定取得を機に、経営層とのコミュニケーションの場でもDXやAIといった話題が増えています。現場からはアイデアベースのものから具体的な提案まで、さまざまな声が上がってきており、DXの機運は高まっていると感じます。

── DX推進のための組織体制について教えてください。

早川:戦略をさらに推し進めるために「DX推進委員会」を立ち上げました。社内からのアイデアを委員会に集約し、各部署で進められる施策は進めてもらい、進捗を共有してもらっています。

自主性に任せる一方で、複数部署間の連携が必要な取り組みや、優先度の高い案件については、プロジェクト化して進める体制を整えていく方針です。

── DX推進委員会のメンバーはどう選定したのでしょうか。

早川:委員会を推進するメンバーは今後拡充していく予定ですが、「変革の意識の高い人」、「デジタルリテラシーがある人」、「リーダーシップをとって組織をけん引できる人」という3つの視点を掲げています。今後は各部署でDXに関わっている中心人財を見つけ出して、委員会に入ってもらいたいと考えています。

── DXに対する各部署の反応に違いはありますか。

早川:部署によって反応は違いますが、特に人手不足で切実な悩みを持っている部署は、もともとAI活用などに非常に積極的です。そうした部署での成功事例を積み重ねることで、DXに対する考え方が他部署にも波及していくと考えています。

作地:「自分たちでもできるのでは」とか、「こういう取り組みもDXと言えるんだな」といった気づきを得ることで、全社的な機運がより高まっていくと思います。

── 社外の反響はいかがですか。

山本:投資家から具体的なDXの取り組みについて質問されることが増えましたね。同じ業界ではDX認定を取得している企業と、取得していない企業の二極化が進んでいます。当社が“取得している側”に入っていることは、社外に対するアピールの意味でも大きなメリットです。

ポイントは自ら「変えたい」と思える雰囲気を醸成すること

── 今後のDXの展望について教えてください。

早川:アイデアを自分たちの手で形にしていけるよう、トライ&エラーのサイクルを早めていきたいと思っています。

ローコードやノーコードなど、デジタル施策の民主化がさらに加速していくと予測していますが、しっかりと知識やスキルを持った人財も育成していきます。

── 人財育成についてはすでに取り組みを始めていますか。

早川:まだこれからという段階です。情報システム部でルールや環境を整えたうえで、有望なメンバーを選定し、成功事例を積み上げていく計画です。コツコツと取り組むことで、どこかのタイミングから加速度的に人財育成の流れが広がっていくのではないかと期待しています。

── 最後に、これからDX認定取得を目指す企業へアドバイスをお願いします。

早川:当社の場合は外部のサポートがあったおかげで、実感としては意外とすんなり取得できたと感じています。取得自体のハードルは高くないので、トライする価値はあると思います。取得において最も大きな効果としては、現状を把握して社内の目線を合わせるということにあると考えます。

作地:取得自体の難易度が高くないのは早川が言うとおりではありますが、認定プロセスについては少々複雑な部分もありますので、どのようなスケジュール感やマイルストーンで進めるべきかなど、手戻りなく進められるように、取得後のフォローも見据えた協力パートナーを選ぶことも認定取得への近道だと考えます。

山本:私は全社で取り組むことがもっとも重要だと思います。DXは個別のチームや部署で散発的に取り組んでもスケールに限界があります。全社一丸となって、同じ方向を向くことが大事だと感じています。

また、小さな成功事例を積み重ねることも、機運の醸成に重要です。「変えなければならない」といったある種の強迫観念ではなく、社員たち自ら「変えたい」と思えるような雰囲気や環境を作っていくことでスムーズに進められるはずです。

取材・構成・撮影:山田井ユウキ
編集・制作:株式会社はてな

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