自社の現状を見つめ、人財育成の方向性を定めるいい機会に── 帝人が取り組む「自律的DX」とは
人材育成 DX事例事業成長の鍵として注目される「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。DXの重要性については認識しつつも、何から始めればいいのかわからなかったり、取り組みの成果がなかなか実感できなかったり──。そんな壁に直面している企業がいる一方で、仕組みを着々と整え、目に見える成果に繋げている企業も増えています。
アラミド繊維や炭素繊維といった高機能素材、医薬品や医療機器などの製造、開発を手掛ける帝人株式会社は、目に見える成果に繋げている企業の一つです。
「デジタルスキル標準(DSS)」を踏まえた「DX人財」の育成を計画し、社員が自らデジタル技術を活用して業務の高度化・効率化を実現する「自律的DX」の定着、さらには身につけた力を十分に発揮できる「環境づくり」を目指している帝人株式会社で、プロジェクトをけん引するDX推進部の齋藤龍則様、井上匡人様、柳部太一朗様に、同社が描くDXのイメージや、DSSに着目した理由などを聞きました。
「あらゆる社員が自律的にDXに取り組む」組織を目指す
──DX推進部の発足は2023年4月ですね。
齋藤龍則部長(以下:齋藤):DX推進部に所属しているのは15人ほど(2024年7月現在)で、立ち上げメンバーのほか、キャリア採用や社内公募制度で手を挙げて異なる分野から転属した人などが在籍しています。人財育成や情報発信を通じてDXを推進する「戦略企画グループ」と、機械学習やIoTなど技術的な側面からDXを支援する「技術開発グループ」から成り、グループ会社も含めた全社的なDX推進を支援しています。
井上匡人戦略企画グループ長(以下:井上):私たちが掲げるゴールは「自律的DX」の実現です。帝人のあらゆる社員が自発的にDXに取り組み、デジタル技術やデータを駆使した業務の高度化、効率化を図る。そんな組織への変革を目指して「人財育成」「DX実行支援」「情報発信」「成果」といった活動戦略の実行、さらにはこれらが好循環を生んで企業価値向上に貢献できればと考えています。
──「DSS」を取り入れることになった経緯を教えてください。
齋藤:帝人では、2017年ごろからIoT(モノのインターネット)や機械学習を活用した工場のスマートプラント(デジタル技術によって省力化・効率化された生産設備)化を推し進めてきました。この時点ではデジタルの活用による生産現場の効率化に特化した取り組みで、そのさらなる発展を見据えて打ち出したのが、中期経営計画でも触れている「全社的なDX施策の必要性」です。この方針に基づき、デジタル分野の司令塔となるべくDX推進部が組織されました。
柳部太一朗チーフコンサルタント(以下:柳部):スマートプラントのプロジェクトが社内的なノウハウとして広がっていたわけではなく、社員のDXに取り組む意義への理解度やモチベーションも未知数の段階でした。どんな人財を育成し、どのような活躍を期待しているのかといった育成ロードマップやキャリアパスを提示する必要がありましたが、ここで課題にぶつかりました。
というのも帝人には大きく4つの事業領域があり、それぞれに特徴が異なります。あらかじめ各事業に即した育成パスを用意するのが理想的かもしれませんが、それにはかなりの時間を要するでしょうし、また、事業に寄せすぎたものを複数作ってしまうことで、当社が目指す「自律的DX」の人財像にブレが生じてしまうかもしれないという懸念もありました。
井上:そこで私たちは、当社のどの事業においても共通して強みを発揮できる「ベースとなる人財像」をしっかりと定義した上で、それぞれの業務内容に合わせてカスタマイズしてもらうのがいいのではないかと考えました。
他社が何を参考にしてDXを推進しているのかとリサーチしたところ、やはり一定程度、DSSが活用されていることがわかりました。DSSには幅広い業界の声が反映されおり、必要な情報が網羅されていますから、さまざまな事業領域を持つ当社にとっても、非常に取り入れやすく、柔軟に使えそうだと思ったのが導入の理由です。
DSSを参考に設定した最優先項目は「ビジネスアーキテクト」育成
──具体的な施策について教えてください。
齋藤:DSSを踏まえて、ビジネスアーキテクト、データサイエンティストなど4つの人財像と、その配下にビジネス変革スペシャリスト、業務変革スペシャリストなど複数に分けたロールを8つ策定しました。その中でも、私たちが最優先の強化項目に設定したのは、帝人の事業に即したビジネスアーキテクトの育成です。
帝人のベースとなる人財像について議論する中で、ものづくりを主としてきた私たちがITを浸透させていくには、できるだけシンプルな手法がいいだろうという結論に至りました。
また、各事業部と重ねたヒアリングなども踏まえて、帝人に合うビジネスアーキテクトは、DSSの「5つの人材類型」におけるビジネスアーキテクトとデザイナーを融合させた人財として定義しています。その上で2023年8月から「DX基礎教育」をスタートさせ、全世界の帝人社員を対象にITリテラシーの底上げに努めています。
井上:DX人財育成の全体像は、ITおよびDXの基礎的な知見を養成する「リテラシーコース」(2023年8月から2024年3月にかけて実施)、管理職のデジタルに関する適切な意思決定プロセスを養成する「マネージャーコース」(2024年1月から5月にかけて実施)、そして選抜者を対象にDX推進リーダーを養成する「アドバンスコース」(2024年6月から)で構成されています。
2024年7月時点で、リテラシーコースを修了したのは8000人超、マネージャーコースの受講者は1000人を超えました。リテラシーコース、マネージャーコース、アドバンスコースは、ベースとなる人材を育成するDX基礎教育の区分。そこから先は、各事業側で専門的な教育を実施することでビジネスアーキテクトを増やしていく計画です。
齋藤:DX推進部としてとくに重要視しているのは「管理職のマインドセット」です。新しい取り組みを軌道に乗せるには、社員たちをまとめ、意思決定権を持つ管理職のモチベーションアップが欠かせません。管理職に向けたマネージャーコースでは、デジタル技術の知識はもとより、「ITの活用によってどのような変革がもたらされるのか」を丁寧に解説することで、さらに前向きな意欲を引き出すことをねらいとしています。
──取り組みの前後で、どのような変化がありましたか。
井上:DX人財育成の成果を可視化するため、教育の前後でアセスメントを実施しています。たとえば5段階評価のうち、最高評価を獲得した人は3割から5割にまで上昇しました。また、ITリテラシーの全社的なレベルアップも確認しています。社員からは、基礎教育を通じてDXを正しく理解できたという反応とともに、もっと学びたいといったモチベーションを引き出すきっかけにもなったようです。
柳部:単に教育の機会を設けることが目的ではありません。一人一人のリテラシーやスキルが向上したのですから、その力を業務で使いこなすための場が与えられなければ、やがてスキルはさびついてしまいます。習得した知識を維持し、また磨き上げていくためには、DXが当たり前のものとして根づいた社内風土が必要です。そこで、社内のDXに関する事例を共有したり、データ活用アイデアの社内コンペを開いたりと、風土醸成を目指した仕掛けを考案し、実行しています。社内の各所から多くの反響が得られ、関心の高さを実感しているところです。
説得力のある「DX教育の成果の可視化」を確立したい
――今後の計画をどのように進めていきますか。
柳部:取り組みがここで終わってしまっては、「全社的な自律的DX」を達成することはできません。社員の多くを占める初心者のITリテラシーを底上げしていくために、フォローアップに力を注ぎます。デジタルの世界は必要な知識、技術が日々アップデートされますので、状況に応じた研修などが必要だと考えています。そうして実際に運用するなかで、策定したDX人財教育のロードマップが有効に機能しているのか、それとも改善の必要があるのかなどを評価していきます。
当然、最初からすべてがうまくいくとは限りませんから、PoC(概念実証)の視点から検証を繰り返し、帝人の事業により即したロードマップへと改良していきます。 継続的なモニタリングによって留意すべき項目を洗い出し、教育計画に反映することが大切なポイントだと思います。先ほども述べたように、スキルを習得した社員がどのような環境なら十分に能力を発揮できるのかを可視化する必要があります。人事部とも連携しながら、個々が輝ける環境を整えていきたいと考えています。
──今回のお話には、DSSに関心を持つ企業にとってたくさんのヒントが含まれていると思います。導入のコツはどのような点でしょうか。
柳部:社員1人1人の「当事者としての意識」をいかに高めるかという視点は忘れてはいけないと思います。日々の仕事にとって、DXの推進はプラスに作用するもの、企業にとって重要なものであることを認識しないままでは、いろいろと試みても、思うような成果が見込めないかもしれません。
齋藤:その通りです。DSSを「自社流」にカスタマイズしすぎて、複雑なものにしないように心がけるのも大事だと思います。DSSを導入するメリットは、社内外にいるさまざまな立場、業務の人とも同じイメージを持って協力したり、意見を交わしたりできる、そんな「共通言語」として機能する点にあります。たとえばDXに関して新しい人財を獲得しようとするときにも、DSSという客観的なものさしでスキルを評価できるのは、理にかなっているでしょう。多くの企業が活用しているものですから、「安心感」があるという面も大きかったと思います。
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