ITシステムのモダン化とは? レガシーシステムモダン化委員会総括レポートのポイント解説
技術解説
「2025年の崖」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは経済産業省が発行した「DXレポート」で示された危機感です。産業界のDX推進やレガシーシステム脱却は依然としてスピード感に欠けていると言わざるを得ない状況です。多くの企業ではレガシーシステムが足枷となり、加速度を増して進化する新たなデジタル技術を活用しにくくなっています。
DXレポートから数年が経過しましたが、その危機は脱していません。「レガシーシステムモダン化委員会」では、レガシーシステムの現状や課題、対応策の検討結果をまとめた総括レポートを公開していますので、そのポイントを解説します。
レガシーシステムとは?モダン化とは?
ITシステムに対して使われる「レガシーシステム」や「モダン化」とはどういうことを意味しているのでしょう。
レガシーシステムとは
「レガシー」は本来は大切な資産(遺産)を意味する言葉のはずです。ではなぜIT分野では嫌われるのでしょうか。ITシステムが「レガシーだ」と言われてしまうのは、構築されてから相当の年数が経っているケースがほとんどです。ただし、年数が経っている(古い)だけでレガシーシステムになるのではありません。ITシステムというものはビジネスの変化に追従して変わって欲しいものですが、運用を継続させる維持保守や機能改良を行いたくても行えなくなってしまった状態が「レガシーシステム」の主な症状です。
つまり、今も使われてはいるものの時代遅れでお荷物になってしまったITシステムということです。
また、特定の技術や製品を採用していることがレガシーシステムの条件ではありません。たとえば、かつて企業ITの中心だったメインフレームと呼ばれる大型計算機や、かつて事務計算分野で主流だったCOBOL(コボル)と呼ばれるプログラミング言語が採用されたITシステムが、レガシーシステムの代表とされてしまうことが少なくありません。しかし、これらの技術や製品を使っていても、継続的な機能改良が可能な状態で維持されていれば、レガシーシステム扱いすべきではありません。
ITシステムのモダン化とは
ITシステムにどういう特徴を持たせることが「モダン化」または「モダナイゼーション」と呼ぶのか明確な定義があるわけではありませんし、使われる文脈によって異なる場合もあります。レガシーシステムと対で使われる場合には、ビジネスニーズや外的環境の変化に適応しやすい柔軟な技術(モダンな技術)を採用して、継続的なアップデートが可能であることを想定した言葉です。もっとわかりやすく表現すれば、レガシーシステムになってしまう悪い特徴を取り除いた状態にすることが「モダン化」であると言ってよいでしょう。
モダンな技術を採用したシステムのイメージ(レガシーシステムモダン化委員会総括レポートより)
レガシーシステムモダン化委員会
「デジタル社会の実現に向けた重点計画」の重点政策として、「レガシーシステムモダン化委員会」が2024年7月から2025年3月に開催されました。この委員会での議論、および日本企業のDXおよびレガシーシステム脱却の現状に関する市場動向調査の結果を元に、DXおよびレガシーシステムに関する問題と対処の方向性・提言を取りまとめた総括レポート(報告書)が、2025年5月に公開されました。
なぜレガシーシステムが問題なのか?
ITシステムがレガシーな状態だとどんな問題があるのでしょうか。
DXとは継続的な変革
DXにより企業が競争上の優位性を確立するには、常に変化する顧客・社会の課題をとらえ、素早く変革し続ける能力を、企業が身に付けることが必要になります。レガシーシステムはこのDX推進の障害になることは明らかでしょう。
社会全体でデジタル化が進む中では、企業は変化に適応しつつ、データとデジタル技術を駆使して新たな価値を産み出すことが求められます。そのためにはITシステムを継続的に見直すことが不可欠です。
1社だけの問題ではなくサプライチェーンの問題
ITシステムがビジネスの変化に対応できない問題は、その企業1社だけの問題に留まりません。サプライヤや顧客企業のレガシーシステムが、その企業だけではなく、サプライチェーン全体に悪影響が及ぶ可能性があります。DXで先行しているはずの企業でもその悪影響を受けてしまうかもしれません。
一般的に中小企業は、投資体力やITリテラシーや人材リソースの問題が顕著です。サプライチェーン全体への悪影響が産業競争力の低下、すなわち業界の地盤沈下につながらない様にすることは業界全体にとっての問題になります。
DXやレガシーシステムのサプライチェーンへの影響(レガシーシステムモダン化委員会総括レポートより)
多くのレガシーシステムが残っている現状
調査によると、ユーザー企業の61%がレガシーシステムを保有しています。中小企業よりも大企業のレガシーシステム保有率が高いという結果になっていますが、構築してから年数が経過しているITシステムが多いからでしょう。一方で、中小企業にはレガシーシステムが無いというわけでは無く、レガシーシステム脱却は、大企業にとっても中小企業にとっても問題であることがわかります。
また、大規模システムのモダン化が困難であるという問題も深刻です。モダン化の計画が数年間を要し、モダン化着手後に問題が顕在化したり進捗が停滞したりして更に計画が遅延することにもなります。
レガシーシステムの残存状況(レガシーシステムモダン化委員会総括レポートより)
ITベンダー企業とユーザー企業の低位安定構造
国内ではIT人材が過度にITベンダー企業に偏っており、多くのユーザー企業はITベンダー企業に強く依存しています。ITベンダー企業は受託による「低リスク・長期安定ビジネス(=SIビジネス)」を提供し、ユーザー企業ごとに個別のシステムを作り続け、この「定位安定」な構造が固定されていたと言えるでしょう。そして、それら個別に作り込んだシステムの多くがレガシーシステム化しています。
レガシーシステムのモダン化に向けて
モダン化を進めるため、新しい技術の採用以外にも企業が行うべきことがあります。
可視化
現状がわからなければ手は打てません。まずはIT資産の全体像を把握します。IT資産の可視化とは、企業が有するITシステム群と、構成要素であるハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク、データベース、各種ツールに至るすべてのIT資産と、それらの相互関係を明確に把握・管理することです。IT資産の可視化を行うことで、管理・運用の効率化が図れるだけでなく、老朽化したシステムや保守期限が到来するソフトウェアなど、潜在的なリスクを特定し、セキュリティリスクや運用リスクを軽減することが可能になります。
また、ブラックボックス化したシステムの仕様を復元して文書化することで、担当者が変わってもナレッジが継承でき、システムの保守性を確保することが可能になります。
内製化
内製化がITシステムのモダン化に関係しているのはなぜでしょうか。
調査によると、経営層と情報システム部門との間でシステムに関する情報が共有されているユーザー企業では、システム仕様の可視化やブラックボックス対策がされ、内製化とシステムのモダン化が進む傾向が見られます。また、CIOやCDOなどのCxOを設置している企業では、設置していない企業よりも、ITベンダー企業と協力しつつ内製化を進めている傾向がありますが、これはCxOを設置することで企業のITに対する自律性が適切に機能していると考えられます。
レガシーシステムのモダン化には可視化が必要ですが、合わせて内製化を進めることで自律性が高まり、モダン化が進めやすくなります。
パッケージ・SaaS・標準的システムの採用
現行機能保証や現行踏襲のこだわりはDXの阻害要因となりやすいものです。現在の業務プロセスありきではなく、あるべき業務の姿から検討することが大原則です。オーダーメイドのスクラッチ開発は避け、パッケージやSaaSの採用を原則とすべきです。移行先のシステムを、標準的な仕様に寄せる部分と、付加価値を作り込む部分とに明確に分けるべきでしょう。
これらは企業規模や産業分野によって、進める際の困難さや、必要性の切迫度はかなり違います。経営資源の制約の大きい中堅・中小企業では、パッケージやSaaSの採用、標準システムに寄せる試みは特に重要になります。大企業では標準サービスに寄せることは困難な調整になることも多いと思われますが、その場合でも独自システムやパッケージのカスタマイズが最小限になるアプローチを検討すべきでしょう。DXやレガシーシステム脱却の進みが遅い産業分野においては、企業が個々独立に独自のシステムを作るのではなく、中核を為す標準システムを導入する方が、業界全体として必要とするリソースが大幅に低減されるため望ましいと言えます。厚生労働省が進める「医療DX」や国土交通省が進める「上下水道DX」などの産業ごとのDXへの取り組みについても報告書で紹介されています。
人材需給ギャップへの対応
ユーザー企業や情報システム子会社、ITベンダー企業のいずれでも、IT上流人材の育成・確保が必要ですが、必要な人材確保は難しく苦労されている企業も多いでしょう。
ユーザー企業では、システムの仕分けと優先度付けを行い、真にモダン化が必要な範囲を見極めることが必要です。内製化が必要だと説きましたが、ITベンダー企業との協力関係も引き続き必要でしょう。モダン化のロードマップをITベンダー企業と協力して策定し、ロードマップと人的リソースを最適化・平準化することで、人的需要のピークを均す様に務めるのが良いでしょう。
経営層の意識改革
ユーザー企業の多くはITベンダー企業へ強く依存していました。そのためシステムのモダン化の難易度が分からず、実現性のある計画を策定できていないユーザー企業が一定数存在します。システムの現状をしっかりと調査して、その"惨状"を経営層と共有しましょう。モダンな技術を押さえ、事業・組織変革のためのDXの計画を策定する組織体制が必要です。その際、経営層のトップダウンの方針がないと決して進みません。
経営層は、レガシーシステムのモダン化は経営課題であると認識し、覚悟を持って決断してください。そして、レガシーシステムのモダン化は一過性の取り組みではなく、時間経過とともに再び必要になります。経営層はこのことを認識し、継続的に実施する意識を持たなければなりません。さらに、仮に自社の事業への影響が限定的であろうとも、取引先や業界などサプライチェーンへ影響が波及するリスクについても認識してください。
モダン化を進めやすくするために
総括レポートの最後の章では、企業ITシステムのモダン化を後押しする政策の方向性について述べられています。
可視化・自己診断のために
ユーザー企業がITベンダー企業に依存しすぎないで、自律的に診断・検討を行えるツールやガイドラインが必要です。その自己診断は一過性ではなく継続的に行い、自社の現在位置と目指す水準とのギャップを抽出した上で、取るべきアプローチを自律的に検討できる状態を目指せるものが良いでしょう。
人材確保のために
IT上流人材の育成・確保、スキルの可視化と持続的な学び、キャリア形成、スキル活用を推進しやすくする様な、人材育成のプラットフォームが望まれます。
インセンティブの在り方について
企業の取り組みを促進、助成するためのインセンティブの在り方についても引き続き検討が必要です。
これらの政策の後押し、業界・産業界での協調、各企業の努力が相まって、レガシーシステムがモダン化し、DX推進に勢いがつくことを期待しましょう。
企業が取るべき対策(レガシーシステムモダン化委員会総括レポートより)
関連リンク
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