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【後編】「現場スタッフ含め、全社員IT人材化を目指す」星野リゾートのDX推進・デジタル化の取り組み

DX事例

“星のや東京” や “リゾナーレトマム” をはじめ、さまざまなホテルを運営する星野リゾートでは、コロナ禍に対応して大浴場の混雑状況を可視化したアプリ開発やGoToトラベルキャンペーンの自社開発予約システムなど、顧客のニーズや社会の情勢に対して素早いデジタル対応を実現しています。

DX推進企業インタビューとして、前編では星野リゾートが「全社員IT人材化」を掲げるに至った背景について、実際に星野リゾートのIT化を推し進めてきた久本英司さまにお話を伺いました。

前編はこちらから

後編では、現場スタッフから情報システム部門へと異動されたプロジェクト推進チームの米田真優さま、運用チームの小竹潤子さまも交え、星野リゾートの全社員IT人材化の裏側に迫ります。

DXは手段であって目的ではない。もともと現場主導で価値創造を行ってきたからこそ、デジタル化がうまく進んでいる

―― 小竹さん、米田さんは元々は現場スタッフとして働かれていたとのことですが、そこから情報システム部門へ異動したきっかけや、未経験からどのようにITスキルを身につけていったのかを教えてください。

小竹潤子さま運用チームの小竹潤子さま

 小竹:私はもともとサービススタッフとして入社したのですが、お客様によりよい価値提供を行うためには、もっと業務改善を進めていく必要があると感じていました。アナログでの改善には限界があると感じ、システムで業務改善を進めていくとどうなるのだろうかと思ったことがきっかけで、社内公募により情報システム部門に異動しました。

いまはノーコードツールを使ってアプリ開発を行う運用チームに所属しており、外部のSIerの方に弟子入りしてインターンとして学ばせていただく機会をもらうなどして、ゼロから勉強してスキルを身につけていきました。

米田真優さまプロジェクト推進チームの米田真優さま

 米田:私ももともとスタッフとして現場で働いていましたが、先輩が情報システム部門に異動して働いている姿を見て、「裏側から現場をサポートしていく」ことに興味を持ったことがきっかけです。そして社内公募で情報システム部門に異動しました。

当然ながらITのことは何もわかっていない状況でしたので、はじめは要件を伝えるだけの伝書鳩状態。素早くよいものをつくるという状態とは程遠かったです。しかし星野リゾートには、情報システムの構想・設計における国内有数の専門家を招き、その方のもとで修行させてもらえるような環境があったんですね。そこでどういったシステム構築をすべきか、ビジネスプロセス業務の過程を可視化・単純化して、システムでできることにどう落とし込むかといったことを学び、またわからない用語があればすぐに検索したり、質問したりして知識をつけていきました。

久本:現場から異動してきたみんなに言っているのは、「とりあえずググって」ということでした。会議中であろうが、わからないことあればすぐにググろうと。

そして調べて得た知識があっても、その知識をどう使えばいいかわからなければ機能しません。そこで、各々が身につけた知識はもちろん、実際のシステム設計やプロジェクト推進のノウハウを言語化して共有するようにしたことが、結果として個人だけでなくチームとして成長することに繋がっていきました。

米田:なにか課題にぶつかったときに、その課題を共有し、さらにどう対応したのかをできる限り抽象化して共有することを意識して取り組んでいました。やはり、まったく同じ課題というのは存在しないため、抽象化して再現性のある形で共有することが大切だなと。そうした活動を通じて、全く同じ課題でなくても、抽象化されたノウハウを使って各メンバーが対応できるようになったと感じます。

―― 小竹さん、米田さん含め、そういったスタッフのIT人材化をうまく進められている要因はどういったところにあるとお考えですか?

久本:まず、情報システム部門の人材を、現場スタッフから募ったことが結果的に良かったと思っています。正直、はじめはどうなるか全くわかっていなかったんです。しかし、もともと現場主導で顧客への価値提供を考えて行動する文化があったので、社内公募によって「ITを使ってなんとかしたい」と思っている人たちが集まり、自ら学んでいってくれたんですね。

また、小竹のように自ら専門家に弟子入りするケースもありますが、私たちはそうした活動に一切制限をかけていません。むしろエンジニアであれば、プログラムを無償で公開してみんなで改良していこうというオープンソース的な発想は当たり前で、社外でのアウトプットは何かしらよいインプットがもらえるものだと考えています。そういった行動が生まれやすい組織文化であるのも、良かった点であると捉えています。

小竹:私自身、現場主導でイノベーションを起こしていく文化があったからこそ、スタッフのIT人材化がうまく進んでいると感じています。

もともと全スタッフに対して「ノーコードツールを使って、誰でも社内の課題解決を進めていい」という取り組み自体はありました。それも何か特別なことをしろと言われているわけではなく、普段行っている業務を改善するうえで、ノーコードツールを使ってやってみようという形なんですね。

たとえば現場スタッフはお休みが不定休であるため、シフト管理が必要なのですが、これまでアナログでのシフト管理は非常に大変でした。そこでノーコードツールを使い、実際にデジタルでシフト管理をするというアプリをつくったケースがあって。こうしたことが起こるのは、現場スタッフが日々行う業務改善に取り組んでいて、その解決手段としてノーコードツールを使うという流れがあったからこそだと感じています。

久本:ちなみに、経済産業省はDXを下記のように定義しています。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。(引用元:経済産業省「DXデジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」)

つまり、DXは製品やサービス、ビジネスモデルを変革して、競争上の優位性を確立することであるわけです。しかし星野リゾートは、もともと独自の運営力を出さないと、競争優位性を出せなかったんですね。だからこそマルチタスク制であったり、現場主導での価値創造であったりなどの取り組みを行ってきました。そうした星野リゾートがもともと取り組んできた競争戦略は、経済産業省のDXの定義そのものだなと感じています。

星野リゾートのDXの捉え方

そして私たちは「DXは目的ではなく手段である」と捉えていて、デジタルで変革を起こすことが目的ではありません。競争優位性を保つために変革が必要で、変革を起こすためにデジタルが必要であるという認識です。たとえば顧客の宿泊体験も、デジタルと融合した体験をデザインして提供できている競合がいまだいないと捉えています。自動チェックインなどはありますが、それはチェックインの方法を別の形でやってもらっているだけであって、私たちにとっての製品やサービスに当たる “宿泊体験” 自体は変わっていないわけです。

しかしもっとデジタルと融合していくと、宿泊体験は変わっていくはずです。そうした宿泊体験に変革を起こし、競合優位性を保つというのがいまの私たちの取り組みであると考えていますし、星野リゾートは現場主導で顧客への価値提供、価値創造に取り組んできたからこそ、スタッフのIT人材化がうまく進んでいるのだと感じています。

本質的なニーズや課題は何か。DX推進のためには抽象化して考えることが求められる

久本英司さまと小竹潤子さま

―― これからDX推進に向けて動き出す担当者や企業に向けて、ご自身の経験から何かアドバイスがあれば教えてください。

小竹:システムの用語を覚えたり、知識を覚えたりはもちろん必須ですが、もともとシステムのことを学んでエンジニアになった方々と同じ道を歩む必要はないと思っています。

私自身、はじめはエンジニアの方々が歩んできた道を歩むべきだと思い込んでいました。しかしいまは、接客をしていたときの経験をそのままシステムに落とし込めばいいという考えなんですね。というのも、接客ではお客様の言葉をそのまま受け取るのではなく、本当は何を求めているのかを汲み取ってサービス提供することが大切です。システムも同じで、本質的に何を解決すべきなのかを汲み取ってシステムに落とし込まなければ、使われないシステムになってしまいます。

そのため、DX推進だからといって特別なことをすることが求められるのではなく、組織として大切にしていること、組織として目指していることをシステムという手段でアプローチするという発想が大事だなと思います。

米田:私自身、振り返ってみても「DXを推進している」という意識なく進めてきていて(笑)。日々、どうすればシステムを使って業務改善できるかといったことを考えて進めてきました。とくに現場スタッフの業務は、宿泊されるお客様に満足いただくために裏で忙しく動かないといけないため、大変なんですよね。そのためお客様の体験はもちろん、現場の業務を少しでも改善していきたいという思いで進めています。

システムのことがわかっていなくても、何かそういった良くしたいと思うことがあれば、いまはかんたんに学べるツールがありますし、ノーコードツールもあるため、まずは業務上の解決すべき課題を理解することが重要なのだと思っています。

久本:小竹や米田が言うように、本当に実現したいことは何か、本質的なニーズや課題を掘り起こし、それらを抽象化させてどう対応していくかということがDX推進において大切です。

そして星野リゾートでは、もともと現場主導で業務改善に取り組んできていて、個々のナレッジやノウハウを属人化させるのではなく、抽象化して再現性のある形でほかのスタッフにも伝えていくことが呼吸のように日々行われてきました。

ノーコードツール含め、つくる技術は以前よりも圧倒的に身につけやすい時代だからこそ、設計していくために必要な抽象化力がとくに重要であり、そこにITスキルを乗っけていくという発想が大事なのだと捉えています。

―― 最後に皆さまの今後の展望をお聞かせください。

小竹:情報システム部門に異動してきたばかりの頃は、私のような現場出身でITスキルを身につけていったロールモデルとなる人がいませんでした。そのため、情報システム部門のメンバーが非常に遠い存在のように感じていたんですね。

しかし私がこのままITスキルを伸ばして成長していくと、新しく現場から異動してくるメンバーにとっては私自身が遠い存在になってしまうなと思って。私にとってロールモデルがいなかったからこそ、ほかのスタッフにとってのロールモデルとなれるような身近な存在になりたいと思っています。

そこで星野リゾートとしてもっと成長していき、顧客体験を最大化していくためにも、私のスキルを分解していき、どう伝えたら新しく入ったメンバーが理解しやすく、成長できるのかということを意識して取り組んでいきたいです。

米田:いまは同時並行で開発が進んでいるプロダクトがいくつかあり、その中には業務改善のためのプロダクトだけでなく、お客様に使っていただくものもあります。しかし、プロダクトごとにユーザー体験が異なるのは良くないと思っているため、いかにユーザー体験全体をデザインしていくかが課題だなと。

私自身、まだまだ知識不足ではありますが、今後もっと学んでいき、そういったプロダクトの全体デザインができるようになっていきたいと考えています。

久本:ホテル業界で、デジタル融合した顧客体験を提供できているプレイヤーはまだいないと捉えており、私たちはそのポジションを目指していきたいと思っています。そのためにも、今後も全社員IT人材化を進めていき、徹底的に改善・進化させていかなければなりません。

また、観光業界やホテル業界というのは、まだまだレガシーなオペレーションが残っている部分も多く、非効率なことが多かったりします。そこで、星野リゾートのデジタル化、DX推進の取り組みを通じて、ゆくゆくは業界自体を変革していく力になっていきたい。そう考えています。

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