離職率83.3%からの組織再生。訪問看護プーラビダが実践した「人を守るDX」
DX事例
福岡県北九州市で3つの訪問看護ステーションを展開し、難病・精神疾患・終末期ケアなどに24時間体制で対応するプーラビダ株式会社。
かつて離職率83.3%という組織崩壊寸前の危機に直面していた同社は、クラウド型コラボレーションツールと生成AIを軸にDXを進め、離職率を7.7%まで改善。2026年には経済産業省の「DXセレクション2026」で、最高賞にあたるグランプリに輝きました。
同社はどのようにDXを活用して組織を立て直したのでしょうか。その変革の歩みを、代表取締役の浦濱広太朗さんにお聞きしました。
「その人の100%の人生を叶えたい」という思いから訪問看護で起業
── まず、浦濱社長のご経歴と、プーラビダという会社について教えてください。
代表取締役 浦濱広太朗氏(以下、浦濱):私はもともと准看護師から看護師になり、医療・福祉の世界で働いていた人間です。
看護の現場では、自宅に帰れず病院で亡くなっていく方を、たくさん見てきました。ご家族に囲まれないまま最期を迎える姿を見て、「自宅に帰れる方法があればいいのに」という思いを抱いていたのです。
その後、東京の病院で働きながら大学で経営を学び、「訪問看護なら利用者さんが自宅で過ごすことを支えられる」と考えました。その思いを地元の北九州市に持ち帰り、2013年に創業したのがプーラビダです。いまは北九州市で3つのステーションを運営しています。
── ユニークな社名ですが、どんな思いが込められているのでしょうか。
浦濱:社名の「プーラビダ」はスペイン語で、「純粋な人生(ピュアライフ)」という意味です。その人の100%の人生を叶えたい、という思いを込めました。覚えやすい響きの社名にしたかった、という理由もあります。

「離職率83.3%」「年間1200万円の赤字」からの組織再生
── そうした理念を掲げて創業されたものの、「離職率83.3%」という大きな危機に直面されたそうですね。当時の状況についてくわしく教えてください。
浦濱:そもそも離職率の高さというのは、当社だけでなく業界全体に共通する課題でもあるんです。離職の理由は、終わりが見えない作業量や、夜勤の辛さ、勤務時間外の勉強、先輩からの厳しい指摘など、さまざまです。そうやって疲れ果てていく人を、私自身もたくさん見てきました。
ただ、辞めた人はほかの業界に転職するのではなく、別の病院や訪問看護ステーションに移ることが多いです。つまり、看護の仕事は好きだけど職場がしんどい、というわけです。
── 貴社も同様の課題を抱えていたわけですね。
浦濱:はい。振り返れば、いちばんの原因は経営者である私自身のスタンスでした。当時、インドネシアで新規ビジネスを展開しており、そちらに気を取られて、国内事業の経営をおろそかにしていたんです。
気づいたときには人間関係まで悪化し、スタッフもどんどん辞めていきました。PL(損益計算書)上では年間で1200万円の赤字にまで落ち込みました。
そんな状況から、もう一度組織を立て直さないといけないと腹を括りました。ちょうどグロービス経営大学院でMBAを学んでいたこともあり、「コッターの8ステップ」という変革のフレームワークを、自社に当てはめながら変革を進めていきました。
訪問看護業界共通の「3つの壁」(プーラビダ提供資料より)
1時間の仕事が5分に。Google Workspaceと生成AIで現場の負担を減らす
── 組織を立て直すための変革において、DXをどのように位置づけたのでしょうか。具体的な取り組み内容とあわせて教えてください。
浦濱:DXはあくまで、組織づくりをやり直すための「手段」と位置づけました。スタッフの負担を減らし、心と時間に「余白」を生み出さなければ、組織の変革はできません。そこで、まずは現場の最大のボトルネックになっていた業務からメスを入れました。
たとえば、報告書の作成を効率化したことです。訪問看護では、1か月の利用者さんの状態をまとめて主治医に報告する業務があります。ひとりの看護師が20人ほどを担当するので、月末月初は本当に大変で……。毎月のように残業が発生していました。
ですがAIを導入し、報告書作成業務をサポートするようにした結果、負担が大きく減ったという声が上がっています。
新規の利用者さんのアセスメントも変わりました。以前は看護診断の国際的な基準である「NANDA」の枠組みに沿って、呼吸や心臓、運動など複数の観点から状態を評価しており、1時間ほどかかっていました。ここでもAIを活用することで、事前のアセスメントを5分ほどでまとめ、利用者さんの状態を把握したうえでお会いできるようになったんです。これにより看護師の精神的な負担が、ずいぶん軽くなりました。
── 1時間の作業が5分に短縮されるとは驚きです。残業や精神的な負担の軽減に、AIが大きく貢献しているのですね。ほかにも活用されているシステムはあるのでしょうか?
浦濱:もうひとつの取り組みが、内製した社内ポータル「ほぽたくん」やGoogle Workspace、Geminiを組み合わせた活用です。
社内ポータル「ほぽたくん」のトップ画面
「ほぽたくん」では、Google Chatやカレンダー、車両点検・アルコールチェックのフォーム、最新版のマニュアルに、ワンタップでアクセスできます。さらに、給与計算や勤怠の自動化、利用者さんの自己負担額をその場で答えられるシミュレーター、スプレッドシートでの経営データの共有まで、ステーションの運営そのものを支えています。
以前は別のサービスを使っていましたが、多額の赤字を抱える状況ではコスト削減が必須でした。そこで無料のGoogleツールに切り替え、内製化を始めたのです。小さく試しながら改善でき、Geminiも使える。現在はセキュリティ重視で有料プランを利用していますが、費用対効果は非常に高いと感じています。
DXで生まれた時間を、人と人とのつながりに使う
── かつて83.3%まで達していた離職率は、DXを進めた結果、現在どうなっているのでしょうか。
浦濱:おかげさまで、いまでは離職率7.7%まで下がり、直近1年間で見れば退職者はゼロになりました。
── すさまじい改善ですね。ただ、そこまでの劇的な変化となると、デジタルツールの導入だけでは説明しきれない気がします。ほかにも秘訣があったのではないでしょうか。
浦濱:たくさんの施策に取り組みましたが、とくに大事にしたのは心理的安全性です。ミスが起きても人を責めずに、仕組みのほうを疑うことを心がけました。何でも言い合える組織にすることを意識したのです。
そのために「売上を生まない1時間」をつくりました。水曜の10時から11時は訪問を入れず、全社の勉強会にあてています。この研修はすべて勤務時間内に行い、パートスタッフにも手当を支給するため、他社から来た人はみんな驚きますよ。
専門家を呼んでケアについて学んだり、読書会をしたり。研修でのワークショップを通じて、普段は話さない自分の内面や家庭のことも少しずつオープンにしていくことで、職場の雰囲気が良くなっていきました。
心理的安全性を高める取り組みのひとつとして、毎月「誰のどこに感謝したか」を書き込んでいく「感謝アプリ」もスプレッドシートで自作して導入しました。感謝の声は普通、すぐ消えてしまいますが、文字で残っていると、あとで見返してあたたかい気持ちになれるんです
人と人とのつながりやあたたかさを大切にしながら、それをDXでどう仕組みにしていくのか。それが当社の取り組みのポイントです。
また、情報の透明性も意識しました。離職率が最悪だった頃は、経営者や管理者、一般社員と、社内を3層に分けて情報を伝え分けていたんです。でもGoogle Chatを活用するようになった現在では、その壁を全部取り払って、経営者もスタッフも全員が同じ情報を持つようになっています。
周囲の力も借りて「誰ひとり取り残さないDX」を実践
── 看護は現場が第一のイメージがあります。DX推進当初はデジタルに抵抗のある方もいたのではないでしょうか。
浦濱:ええ、もちろんいました。実はいまでも、ツールの使い方がわからないというスタッフはいます。だからこそ、社内に「何でも聞ける窓口」を設けて、得意なスタッフがサポートする仕組みにしています。
たとえば、AIに何を話しかけていいかわからないという人に対しては、まず「冷蔵庫の中を写真に撮って『今日これで何が作れる?』とAIに聞いてみる」ことをおすすめするといった具合です。当社は「誰ひとり取り残さないDX」を掲げているので、そこは丁寧に対応しています。
── ほかにDXが成功につながったポイントはありますか。
浦濱:伴走してくれたパートナーの存在も大きかったです。北九州ロボット・DX推進センターに申し込んで、無料で1年ほど伴走してもらいました。またそこを通じてAUTOCAREさんにも支援に入っていただき、Googleの使い方を教えていただきました。
知人のつながりで、AIエンジニアの方にも参画してもらっています。たとえばGeminiでアプリを作ろうとして、うまく実装できないときなどにお願いすると、さっと形にしてくれるんです。
外部からの評価を受けて、組織や人の雰囲気が変わった
── そもそも、「DXセレクション」や「北九州DX大賞」などのアワードに応募されたのはなぜだったのでしょう。
浦濱:以前、厚生労働省関連の表彰で奨励賞をいただいた経験から、賞をもらうと働く人のやる気が出て、会社としての箔もつくと感じていました。そこで、一生懸命取り組んできた自社のDXが現在どのレベルにあるのかを知り、現場のスタッフのモチベーションにもつなげたいと考え、挑戦を決めました。
── 受賞したことで、社内にどんな変化が表れましたか。
浦濱:スタッフのモチベーションはすごく上がっていて、「私たち、実はすごいことをやってるんですね!」という声も聞こえてきています。講演の依頼や、外部のメディアから声がかかる機会も増えてきました。
何より働く人の雰囲気が、とても良くなりました。DXを学びながらできることが増えていくのを、みんな楽しんでいます。よいサイクルが回っている感覚です。
── 業務や業績への影響は、いかがですか。
浦濱:なかなか効果は測りにくいところがありますが、DXのおかげで属人性が薄れ、誰が訪問しても同じ看護の質を保てるようにできています。おかげで、クレームもほとんど聞かなくなりました。
利益率も10%を超えており、夏と冬の賞与に加えて、臨時賞与も出せるようになりました。やってきたことが、ちゃんと自分たちに返ってきています。
スタッフのモチベーションも上がっている
取り組みを世の中に広げ、医療・介護の未来をつくっていく
── ほかの事業者からの反響はありますか。
浦濱:他県の訪問看護ステーションから「見学したい」と訪ねてこられたり、「ツールを売ってほしい」という依頼がきたりしています。
病院や看護の現場はまだ手書きも多くて、デジタル化に一歩踏み出せないことも多いようです。でも、Googleの各種ツールなら比較的低コストで、自分たちでも始めることができます。そのことを発信していきたいですね。
── メソッドを自社に閉じるのではなく、広めていきたい、と。
浦濱:はい。私の志は「医療・介護・福祉に携わる人が物心共に幸福となり、適正な利益を得て、社会に貢献する」というものです。私としては、そこに向かって突き進んでいるだけなんです。
── 最後に、これからDXに挑む経営者へメッセージをお願いします。
浦濱:私の信念は、働く人を何より大切にすることです。人生の3分の1の時間を会社に使ってくれるわけですから、それに応えていきたいのです。DXを推進するのは、働く人が楽になるため。AIを導入するのは業務の質が上がるから。常に人を中心に考えているだけなんです。
DXというと、どうしても仕組みづくりに目が行きがちですが、トップが率先して動く姿を見せることも大切だと思っています。たとえば、私は毎朝、走りながらゴミ拾いをしています。誰もがなかなかやれることではないからこそ、自分がやる。その姿を社員に見せることが大事だと考えています。
それぞれの会社には理念があり、DXはその理念を実現するための手段です。DXによって生まれた時間を、理念を実現するために何に使うのか。そこをみんなで話し合ったうえで取り組み始めることが、大切なのだと思います。
取材・構成:山田井ユウキ
編集・制作:株式会社はてな
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