創業73年、エンジニア0人。自動車学校が進めた「管理型から支援型」のDX
DX事例
長崎県佐世保市で創業73年の自動車学校を運営する株式会社ヒューマングループ。貸切バスや旅行などの観光事業に加え、近年は中小企業向けのDX支援にも取り組んでいます。
役員を含む65名、専任のITエンジニアがひとりもいない会社でありながら、100を超える社内アプリをノーコードで内製。さらに、人が細かく管理する「管理型」から、業務を仕組みで支える「支援型」へと転換し、社内改革を進めています。働きやすい環境づくりが実を結び、離職率も12%から3%へと改善しました。
2026年には経済産業省「DXセレクション2026」で準グランプリを受賞。同社の3代目としてDXを主導した代表取締役・内海梨恵子(うちうみ・りえこ)さんに、その歩みをお聞きしました。
「守られてもいるし、縛られてもいる」業界で、挑戦を続けてきた
── まず、ヒューマングループの事業について教えてください。
代表取締役 内海梨恵子氏(以下、内海):自動車学校として創業し、今年で73年目になります。現在は佐世保市と松浦市で自動車学校2校を運営するほか、貸切バスや旅行の事業も手がけています。ここまでが2代目の父の代までにできあがった事業です。
私の代になってからは、LINE公式アカウントの構築を入り口に、チャットボットや社内システムの構築と、DXへの取り組みを加速させました。いまでは新たな柱のひとつとして、中小企業向けのDX支援事業にも取り組んでいます。
── 自動車学校というと、デジタルのイメージがあまりありません。業界にはどのような特徴があるのでしょうか。
内海:一言で言えば「守られてもいるし、縛られてもいる」業界です。一般にイメージされる自動車学校は公安委員会の指定を受けており、カリキュラムを勝手に変えられません。教習で新しいツールを使う際にも登録が必要なぐらいです。保守的で、変えないことが大事だとされているんです。実際、いまでも職場にパソコンが1、2台しかない自動車学校も珍しくありません。それぐらい、アナログな業種です。
一方で、市場の縮小という課題に直面している業界でもあります。お客さまの中心は高校卒業時に免許を取得する18歳ですから、18年前の出生数でマーケットの上限が決まってしまう。ただ、急に状況が悪くなるわけではないので、手を打たなければという意識が芽生えづらいのだと感じています。
── そうした業界のなかで、貴社は早くからデジタルに取り組んでこられました。
内海:祖父が急逝したとき、父は39歳でした。「必ず人口は減る。減ればマーケットは縮小する」という初代の祖父の言葉を、父は覚えていました。
だからカリキュラムは変えられなくても、学科教習に早くからパワーポイントを使うなど、できることは何でもやっていました。そこから新しいことに挑戦する社風が生まれたのだと思います。
30年使い続けたシステムの後継を探して、ノーコードツールへ
── 現在のDXの土台として、長年培ってきた社内システムの存在があると思います。貴社は1996年に当時の「Lotus Notes」(クライアントサーバー型のグループウェア)で社内システムを構築し、2001年には情報化促進貢献企業として経済産業大臣賞を受賞されています。かなり先進的な取り組みですね。
内海:はい。ただ、完成度が“高すぎた”んですよね。よくできたシステムだったからこそ、30年近く使い続けることになってしまったんです。
一方で、システムとしての限界は10年以上前から感じていて、バージョンアップの見積もりも10回以上もらいました。でも、お金をかけて変えても現状維持だけで、機能はほとんど付加されません。代わりになりそうなシステムは、どれも1,000万円を超える価格でした。「それだけ投資するなら、もっとこうしたい」という思いがあり、バージョンアップには踏み切れなかったんです。
── 代わりのツールがなかなか見つからなかったのですね。
内海:世に出たものは全部試すぐらいの勢いで探し続けました。地元のIT企業と自社開発にも挑戦しましたが、3年たっても完成に至らず、数百万円をかけた末に断念しました。
その後も著名なツールを検討したのですが、デジタルが得意でないスタッフには難しいものが多かったため、導入に至りませんでした。その後、勉強会で「Lark(ラーク)というツールがあるよ」と教えてもらいました。見てすぐに「これだ!」と思いましたね。
── 移行は準備を含めて3〜4ヵ月、全社展開は1.5ヵ月だったそうですね。30年分のデータを考えると、驚くほど短い期間です。
内海:毎年「今年こそ変える」と言い続けて検討を進めていたので、自然と取捨選択も済んでいたんです。つまり、要件定義を10年かけてやり終えていたわけですね。移行したアプリも10程度でした。
もうひとつの理由は、移行作業を外注せず、私自身の手で進められたことです。実は私、視力も運動神経も良くないので、二輪免許を取って教習指導員になる一般的なキャリアは難しいだろうと考えていました。だからシステムの保守管理を学んで、バックオフィスを支える役割に徹してきたんです。その経験を生かして、自分の手で移行することができました。
目指したのは、現場のスタッフが迷わず使える仕組み
DX実現に向けたプロセス(ヒューマングループ提供資料より)
── 貴社のDXで特徴的なのが、業務の入り口をひとつのチャットに集約する設計です。この発想はどこから来たのでしょうか。
内海:もともとLotus Notesは、メールもデータベースも同じ環境にありました。メールに貼ったリンクをクリックすれば、そのままデータベースが開きます。私はそれが標準機能だと思っていたんです。ところがほかのツールではそうではありませんでした。メッセージ機能がなかったり、メールは別だと言われたり……どうしてもそこで離脱が起きてしまいます。
実際、以前試したチャットツールでも、従業員はメッセージ自体は見てくれます。でも「別のツールのここを見てください」と送ると、感覚ではたどり着くのは15%ぐらいでした。「分かりました」と返ってきても実際には開いていない。既読がついても意味がないんです。そういった事情もあり、チャットからそのまま業務に繋がることが、ツール選びの絶対条件でした。
── 現場の運用から逆算した設計なのですね。
内海:そうですね。教習指導員が情報を確認できるのは、教習の合間の10分休憩など限られた時間です。バスのドライバーになると、泊まりの業務もあります。
そうしたパソコンに張り付いていられない現場だからこそ、チャットにタスクやリマインドが届き、そこから欲しいデータへすぐ行けるという運用が必要でした。裏側は複雑でもいいのですが、表向きはとにかくシンプルでないといけません。
── 新しい仕組みは、どのように社内へ広げていったのでしょうか。
内海:いきなり全社一斉には導入しませんでした。まず5、6人で仮の移行環境を作り、使いやすさを確認してから全社へ広げたんです。以前は何でも一斉に導入して全員一緒にこけていたので、小さく試して、うまくいかなければ戻す進め方に変えました。
督促の業務がゼロになり、離職率も大幅改善
管理型から支援型へ(ヒューマングループ提供資料より)
── バックオフィスの効率化では、社内の電話90%削減など高い効果も出ているそうですね。具体的にどのような作業が減ったのでしょうか。
内海:分かりやすいのが、給与計算の元になる資料の提出です。以前は繁忙期に提出が遅れがちで、経理のスタッフがやきもきしながら待ち、催促の連絡をしていました。いまは提出日の2日前からボットが本人に通知し、間に合わないときは「明日の何時までに出します」と本人から申告が届く形にしました。その結果、催促業務がほぼゼロになっています。
時間が減った以上に良かったのは、誰も嫌な思いをしないこと。経理のスタッフは「毎日気持ちがいい」と言っています。
── 同じ「提出してもらう」でも、以前とはやり方が大きく違いますね。
内海:スタッフはみんな、やる気はあるんです。やる気はあるけど、忙しくて忘れてしまう。以前は朝礼で呼びかけて提出率100%を達成していましたが、雰囲気は悪くなっていました。
いまはそうではなく「忘れても大丈夫。リマインドが届いたら1個ずつ対応してね」と伝えています。プレッシャーのためではなく、サポートのためのリマインドです。求める結果は同じでも、スタッフの受け取り方が劇的に変わりました。この違いは何だろうと、DXの資料をまとめるときに改めて考えて、「管理型から支援型へ」というフレーズが生まれました。
── 離職率も12%から3%へ改善しています。
内海:仕事の内容が嫌で辞める人は少なく、人間関係が離職の大きな理由になるのだと思います。返事が来ない、提出した書類に反応がない。そうした小さな積み重ねが「大事にされていない」という感覚に繋がってしまうんです。だからリアクションだけでもいいから必ず返す、既読スルーはしない、といったことをDXと並行して徹底しています。
弊社は貸切バスが何台動くか、指導員が何人いて何時間教習できるかで売上が決まる、労働集約型の事業です。人の定着が、そのまま売上に直結します。だから一番やるべきだったのは、離職を止めることだったのだと思います。
専任エンジニアがいなくてもDX人材は育てられる
── 専任のITエンジニアがいないなかで、人材育成はどのように進めてきたのでしょうか。
内海:DX人材を地方で採用するのはかんたんではありません。「いない前提」で育成するしかありませんでした。だから、最初は「タイピングができればいい」というところから始めたんです。
現在では、高卒で入社したスタッフが、DX支援のカスタマーサクセスを担当するまでに育っています。彼女の一番の資質は、デジタルの知識ではなく、前向きで誠実なことです。いまはAIで知識は補えます。それよりも分からないことを分からないと言えることのほうが大事だと実感しています。
── 人材育成にあたって心がけていることはありますか。
内海:その人の強みを生かすことです。私はストレングスファインダーのコーチ資格を取り、ひとりひとりの強みを可視化して「ここを伸ばせば抜きん出られる」と伝えています。
また、私は「DX人材」という言葉にも問題があると感じています。そもそも何ができればDX人材なのかという定義がないんですよ。経営者自身が「DXで何をしたいのか」を明確にできて初めて、DXを実現できる人材が育つのだと思います。
── アプリの開発では、外部の力も借りているのでしょうか。
内海:継続的な伴走を依頼している外部パートナーは、とくにいません。Larkの導入時にサポートを受けたり、詳しい方に相談したりはしましたが、アプリはすべて自社で作り、AIの構築もほぼ自社で進めています。
最初から「内製化」を目的にしたわけではなく、現場に出られない私がバックオフィスのIT化に長年向き合い続けた結果、私自身がアプリ開発に必要な人材になれていたんだと思います。自分たちで作るからこそ、試行錯誤しながら即座に修正できるのが強みです。
── そうして自社で培ったDXのノウハウを、現在は外部へ提供する支援事業にも繋げています。改めて、事業の強みはどこにあるのでしょうか。
内海:実業があることです。自動車学校やバス会社という現場でDXを実践しているため、70代の送迎スタッフがデジタルを使っている様子もそのまま参考にしていただけます。見学に来られる方が知りたいのも、機能ではなく「どうすれば社員が使ってくれるのか」という定着方法です。その意味で、私たちの日々の経営そのものが、動くカタログになっています。
30年かけて失敗も経験したからこそ、失敗を避ける方法もある程度再現できるようになりました。いまはツールの導入にとどまらず、組織コーチングとして課題解決を一緒に考えるところからお手伝いしています。
応募のために書き上げた答えが、会社の財産になる
DXセレクション2026準グランプリ受賞で社員の士気が上がっている
── DXセレクション2026では準グランプリを受賞されました。反響はいかがでしたか。
内海:一番大きかったのは、社内への効果です。地方では比較対象が少なく、自分たちの取り組みを客観的に評価する機会があまりありません。受賞を通じて、社員に自信と自負が芽生えました。
また、県外中心だったDX支援の相談も、受賞後は地元企業から多く寄せられるようになりました。「デジタルに詳しい自動車学校」ではなく、「DX支援を任せられる会社」と見てもらえるようになったと感じています。
── 最後に、これからDXに挑む中小企業の経営者へメッセージをお願いします。
内海:DXセレクションは設問が多く、記述式でたくさん書く必要があります。少し面倒に感じるかもしれませんが、あの設問があるからこそ、自社の取り組みを言語化できるのだと思います。言語化できれば、それが会社の財産に変わっていきます。
私たちも、応募のために書き上げた答えが一番の収穫でした。逆に答えられなかった設問があったなら、それが自社に足りていないところです。その意味で、まずエントリーしてみることに価値があると、やってみて実感しました。
皆さんの会社でもぜひ挑戦していただきたいです。地方の自動車学校でもできたのですから。
取材・構成:山田井ユウキ
編集・制作:株式会社はてな
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