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農家の本当の困りごとは○○だった? データで進化する農業資材販売店のDX

DX事例

DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれているなかで、「どうやってDXを進めていけばいいかわからない」「デジタル人材が社内にいない」などの課題を抱えている企業も多いでしょう。

本連載では、DX先進企業に事業の進め方や課題、苦悩などをインタビュー。第9回に今回取り上げるのは、株式会社みらい蔵(ぞう)です。

みらい蔵は大分県豊後大野市に拠点を置き、農業資材販売、米穀集荷及び土壌分析事業など、農業経営者のための商品やサービス提供を行っています。
農業とDXはまだまだ遠い関係のようにも見えますが、同社は2022年7月、経済産業省が認定する「DX認定事業者」に認定されました。また、経営者とITコーディネータのレベルの高いパートナーシップにより日本の中小企業の範となる DX 推進態勢を構築したとして、2022年度のITコーディネータ協会表彰において最優秀賞(経済産業省商務情報政策局長賞)を受賞しました。

IT部門などはなかった同社ですが、創業当時よりデータやデジタルの重要性をいち早く認識し、土壌診断施肥設計システム「ソイルマン」などの農業支援サービスを開発しています。
DX推進のきっかけや、現在取り組んでいる新事業、今後の展開について、同社を率いる山村恵美子代表取締役会長と、同社のDXを支援するITコーディネータの中尾克代氏にお話しを伺いました。

顧客の意見を鵜呑みにするのではなく、データを分析して経営に活かす

左:ITコーディネータ 中尾克代氏 右:株式会社みらい蔵代表取締役会長 山村恵美子氏左:ITコーディネータ 中尾克代氏 右:株式会社みらい蔵代表取締役会長 山村恵美子氏

―― DX推進のきっかけを教えてください。

中尾克代氏(以降、中尾):データを収集しそのデータを経営に活かすということをDXと定義すると、みらい蔵はずいぶんと前からDXに取り組んでいます。2018年くらいに「DX」という言葉が世間で取り上げられるようになったと思うのですが、みらい蔵は2000年頃からデータを経営に活かす取り組みを始めました。

山村恵美子氏(以降、山村):1997年の創業当時は農業資材の販売を「夢アグリ」という店舗で行っていました。
私は当時、Excelも全くできなくて、POSレジすらわからない人間でした。そんな私が創業から1年弱経ったころには、「データがないと次の一手が打てない」という言葉を吐き出すようになりました。
銀行からの借り入れや、借金の支払い、投資をどれくらい行うかというのは、その数字に対して根拠が必要です。根拠をどう探すかといったらデータしかないんですよね。当時は私が手書きでデータを集めていました。

創業から3年経って、データも集まってきたので、そこから分析を始めました。ABC分析も当時は手書きで行っていたのですが、データの中から色々なものが少しずつ見えてきたんです。データから改善すべきところが見えてきて、その改善を行うことによって、売上がどんどん増えていきました。

例えば、データを元にして店内に陳列する商品の構成や、売れ筋に合わせた商品の仕入構成を変えました。また、うちは農家さんがお客様なので、創業当時は、朝8時から夜7時まで店舗を開けていないと困るという農家さんの意見通りに営業していました。しかし、販売実績データを見てみると、実際には朝9時から夕方5時までしか農家さんは来店していないということがわかりました。農家さんの意見の通りにやっていたら、無駄な電気代や人件費を払うことになります。顧客の意見を鵜呑みにするのでなく、データから時間帯ごとの売上を分析して、適切な営業時間を決めることの重要性に気づきました。
データを見ることによって、会社がどんどん改善されていきました。それが私の自信にもつながって、やはりデータを見て判断することが重要なのだと認識しました。

また、ただお店で待っているだけではなく、もっとお客様の声をお聞きしようということで、店舗営業だけではなく外回り営業を始めました。そして、この外回り営業を行ってみてわかったことは、農家さんは自分の農地の土の化学的な分析を全くしておらず、土の状態をデータで把握しないまま、経験と勘だけで作物を栽培しているということでした。

農業資材を販売するだけでは農家さんの課題解決にはならず、農家さんが本当に知りたいのは、「自分たちの経営をよくするためにどうすればいいかということ」であることがわかってきました。そこで、農家さんに土の状態をデータで示し、化学的な解決策を具体的に提案するために「土の分析キット」を購入し研究を開始しました。

それから10年ほどの研究期間を経て、農家さんが必要としている「土づくりの情報、提案、農業技術」を提供するようになりました。そして、これらのノウハウをシステム化した土壌診断施肥システム「ソイルマン」が完成し、クラウド上で全国に展開することになりました。

―― DXを進めていくなかでぶつかった課題はありましたか?

山村:システムを作るとなるとやはりお金がかかります。正直なところ、1,000万円近くのお金がかかりますので、その費用をどうするかが大きな課題でした。そこで、補助金の支援を受けたりしました。たまたま補助金が取れたので、うちは運が良かったと思います。

中尾:ぶつかった課題といえばもう1つあって、最初に作った土壌診断施肥設計システム「ソイルマン」を実際にリリースしたら、想定外に使い勝手が悪いことがわかりました。そこで試行錯誤を繰り返しながら、ベンダーさんも変えたりして修正したのですが、とても苦労しました。
ですので、商売にすると言ったらおかしいんですけど、作ったシステムでお金を得られるというところまでは時間がかかりました。着手してから5年くらいはかかったと思います。作ってから普及していくところがかなり大変でしたね。

山村:展示会にも何回か出展しましたね。
商売には必ずお客様がいますので、こちらが「いいシステムですよ」といって勧めても、お客様が「土の分析が必要である」ということに気づかないと販売につながりません。ソイルマンのリリース当時は、「土づくりが農業経営や収穫量、品質、単価に直結する」ということが理解されていませんでした。化学的データに基づいて、肥料設計を行い土づくりをすることの重要性に気づいていただくことに時間がかかりました。今では、ウクライナ危機の影響もあり肥料の高騰が続いているために、土壌分析をして施肥設計を行うことが常識となってきました。

システムの利便性を自分の会社だけではなく、それを使用する方にきっちり合わせていくことと新しい技術の利用のメリットを普及していくことには、非常にお金と時間がかかることなので、そこが大変だと思います。

土づくりから収穫まで、農業を一気通貫で支える

土壌診断施肥設計システム「ソイルマン」土壌診断施肥設計システム「ソイルマン」(画像提供:みらい蔵)

―― 現在進めているDXの事業内容を具体的に教えてください。

中尾:みらい蔵のDX戦略の骨子は大きく分けて2つあります。
1つは冒頭から言っている土壌診断施肥設計システム「ソイルマン」です。「ソイルマン」は2012年にリリースしたんですが、使っていくなかで、農家さんのニーズに合わせてもっと使いやすくしたいという部分が出てきました。それを「ソイルマンⅡ」としてバージョンアップをするというのが1つ目の大きな戦略です。

また、米の集荷をしているのですが、契約から集荷、米の検査の結果からお支払いまでを一気通貫で行う米穀流通システムを開発するということを2つ目の大きな戦略としています。

あとはそれに伴う社内の業務プロセスの改善。これを並行して進めるということを考えています。

山村:現在の「ソイルマン」では、まず農家さんから土を送ってもらって、それを当社で分析します。その結果をクラウドサービスである「ソイルマン」で農家さんに知らせています。ちなみに画面上では従来のような数値だけの表ではなく、イラストを使って漫画風にすることで農家さんにわかりやすく使ってもらえるように工夫しています。
現在のシステムは土を取って土壌を分析し、その結果を知らせて最適な肥料を設計するという段階までなんですよね。

しかし、分析結果に基づいた土づくりを行った後、作物の植付から収穫までのプロセスの中でも色々なトラブルがあるんです。例えば、病害虫の発生、日照不足等の自然災害、品質の低下、収量の低下等です。今回開発しようと思っているのは、これらのトラブルを解消できるようなシステムです。

実は、農家さんからの栽培上でのトラブルや悩みに関する電話やメールが多く寄せられます。1人のお客さんの対応に1時間以上かかることもあって、その間業務は止まってしまいます。農家さんのお悩み対応に時間がかかっているという問題もシステムで自動化することによって解消したいという思いがあります。これまでのお問合せに対する回答をデータベース化して、農家さんが悩みを入力すれば自動で問題を解決できるようにしたいと思っています。

農業というのはプロセスが一番大事なんです。土づくりから始まって、収穫までの間にはさまざまなトラブルが起こるわけです。そのトラブルが起こった時に、農家さんがどう対処していくかというところが重要です。
質の良い作物を作りたい、甘味の強い作物を作りたい、または大量の作物を作りたいなど、目指す方向が農家さんによって異なります。その農家さんが目指す姿を達成させるためには、それぞれに合ったトラブルの解消をすることが必要です。自分の目的に合わせて、画面をクリックしていくと自動的に解決方法が出てくるようなシステムを目指しています。土づくりだけではなく、農業をトータルで支援しようという目論見です。

「ソイルマンⅡ」のイメージ「ソイルマンⅡ」のイメージ(画像提供:みらい蔵)

―― これまでの事業が成功に結びついた理由はどこにあると感じますか?

山村:顧客である農家さんのために、という思いで事業を行っていますが、過剰なサービスはやらないことです。絶対にお客様にこれが必要というものに関してのサービスはきっちりやりますが、会社が困るような過剰なサービスは止めなくてはなりません。そこは経営者としてぶれない気持ちを持っています。

お客様に対して、本当にすべてやってあげることが正しいことなのか考えなくてはなりませんね。
現在はかなりの農家さんが自立して農業をやっているので、農家さんのためになることを農業サポート事業としてしっかり行うということが、わが社が生き残っていく考え方だと思っています。

データが、会社の進化にどう役に立つのかを常に考える

―― これから変革に向けて動き出す方に向けてのアドバイスをお願いします。

山村: データがないからDXができない、という商売は一切ないと思っています。
データをきっちりと溜めたうえで、それを読み取るという技術を経営者は磨いていくことが大事です。データをただ持っているだけではダメなのです。そのデータを使って事業の展開や改善など、会社がどうやったら進化できるかということについて、常に課題として考えておかないとデータを持っていても解決はできません。

中尾:ITコーディネータとして支援者の立場から言うと、みらい蔵さんは国の政策をすごく上手に使われています。創業当時、売上があまり伸びなくて苦労をされた後に、中小企業庁が支援している経営革新計画のフレームにきちんと沿って戦略を書いたんですね。3年後、5年後に自分たちはどうあるべきなのかとビジョンを描いて、現在はほとんどその計画通りに進んでいます。

今回DX認定を取ったタイミングで新社長への事業承継がありました。今後5年後10年後にどうありたいかという未来像を描くフレームとして、DX認定が非常に役立ちました。新社長が将来ビジョンを自分事として考えられます。DX認定や経営革新計画等のフレームにきちっと当てはめて自社の戦略を書いてみるというのは、実は中小企業にとってすごく役立つことなのかなと思っています。

私たちITコーディネータは、経営者のよき伴走支援者として全国で約6800名が活動をしており、DX推進の旗振り役としての役割を担っております。

みらい蔵のDXの事例は、地方の小さな企業であっても、志を高くもって自分たちの存在意義(パーパス)や経営理念を見つめながらデジタル技術やデータを日々の仕事の中に活かし、お客に必要とされる会社となるために活動していけば、他にないユニークな存在となりえる変革成功のストーリーだと思います。
ぜひ、一歩DXに踏み出してください。しっかりと伴走支援をさせていただきます。

ご相談窓口のご紹介

株式会社みらい蔵はITコーディネータの支援でDX戦略の立案し、DX認定を取得されました。以下のサイトから、ITコーディネータに相談できます。

ITコーディネータ協会(ITCA)

concept『 学んで、知って、実践する 』

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