初心者がYouTubeから始めたDX 松浦機械製作所のチャレンジとは
DX事例 製造業DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれているなかで、「どうやってDXを進めていけばいいかわからない」「デジタル人材が社内にいない」などの課題を抱えている企業も多いでしょう。
本連載では、DX推進事業に成功した企業へ事業の進め方や課題、苦悩などをインタビュー。第4回となる今回取り上げるのは、福井県に本社を置く、独創的かつ高品質な工作機械メーカーの松浦機械製作所です。
松浦機械製作所では、動画制作等のデジタルマーケティングや基幹システムの最適化、AI技術を活用したキーテクノロジーの進化などDX推進に取り組まれています。2021年7月には、国から“DX推進の準備が整っている(DX-Ready)事業者” =「DX認定事業者」として認定されました。
DX推進の取り組みの裏にはどのような苦労があり、それらをどのように乗り越えてこられたのでしょうか。DX推進室長である松浦悠人取締役にお話を伺いました。
初心者ふたりのチャレンジ精神がDXの道を切り拓いた
―― DX推進室はどのようにして発足されたのでしょうか?
コロナ禍での営業スタイルの変化が大きなきっかけです。
いままでの営業活動は、直接お客様の元へ訪問するか、工場見学にお越しいただく形が中心でした。しかし当社のお客様の7割は北米や欧州など海外であることから、コロナの影響で対面での営業が難しくなってしまったのです。
海外の販売会社との会議において、「他社ではデジタルマーケティングに力を入れて取り組んでいる。このままでは競争に負けていく、当社も手を付けなければいけない」という危機感が共有されました。2020年9月にDX推進室が発足。私と部下1名がメンバーに任命されました。
―― DX推進室発足後、どのような取り組みを始められたのでしょうか?
手始めに、“まずは私たちでできるところからやってみよう”という思いで、動画共有プラットフォームとして人気のYouTubeに掲載する動画の制作をはじめました。
具体的には、お客様への営業PR用動画や機械操作・組み立て手順を示した動画マニュアルなどを制作しています。営業や手順書作成といったアナログで行っていた業務を動画に置き換えることで、問い合わせ対応などを省人化することができました。これが業務効率化や生産性向上に繋がり、いわゆるDXなのではと感じています。
―― 動画制作を進める過程で、とくに苦労されたことがあれば教えてください。
技術情報の取り扱いですね。お客様が抱える困りごとを解決する、その目的に対しては社内の理解を得られたものの、「動画を公開すれば、独自技術を守ることが難しくなってしまうのでは」と反対の声も上がりました。
しかし、この動画を公開することで、お客様だけでなく当社にとっても業務効率化というよい効果が得られると自信がありましたし、「せっかく作った動画をお蔵入りにしたくない」という気持ちもあって。諦めたくなかったんですよね。
そこで、既存のお客様にのみご覧いただけるようセキュリティを強化するなど、懸念点を解決できる道を探し続け、なんとか公開に漕ぎ着けました。
―― そのような苦労もあったなかで、動画制作の取り組みが成功した理由はどこにあると感じていますか?
成功したと言えるのか、自分自身まだわからないのですが……。“自分たちでやってみる”というチャレンジ精神があったことが、大きな要因だと思います。
動画制作を始める前に、社内アンケートでどんな内容の動画を制作してほしいかを聞いたところ、とても多くの要望をいただいて。すべてを外注制作すると、進行管理の時間や外注費がものすごくかかるうえ、すべてでなくとも自分たちでできそうなことはやってみたほうが長期的目線でみると有効だと考えました。
実は、動画マニュアルの制作はコロナ前から課題に挙がっていたのですが、「これから作る予定です。」「いま検討中です。」となかなか進んでいませんでした。
しかしDX推進室のメンバーが初心者ながら成果を形にできたこと。さらに蓄積したノウハウを社内共有できたことで、動画マニュアルの制作も進んでいます。いままで重い腰を上げられなかった人たちの一歩を、DX推進室が後押しできたなと感じています。
自分で手を動かす楽しさから、基幹システムの構築・AI技術の活用まで取り組む
―― 2021年7月には、DX認定制度で福井県初の認定を受けられています。なぜ認定を受けようと考えたのですか。
はい。DX推進室が発足して半年ほど経った頃に、当社の役員から「認定を受けると税制の優遇もあるらしいよ、考えてみたら?」とチラシを手渡されたことをきっかけに、申請を決めました。
私たちが取り組む“DX推進”やその一施策としての動画制作は、売上・顧客数増加といった数値の変化などといった「目に見える効果」を短期間であげることが難しいものです。しかし税制の優遇が受けられることは直接の利益に繋がります。また国から認定を受け、胸を張れる実績をひとつ作れたことは、社内外から理解を得て取り組みを進めるうえで重要だったのではと振り返ります。
実際に、認定をきっかけに取材や説明会登壇などのお声がけも数多くいただいており、効果を実感していますね。
松浦機械製作所の認定された「DX認定制度」については、こちらの記事もご覧ください。
DX認定制度とは
―― 現在、動画制作のほかに取り組まれていることはありますか?
はい。大きく分けて、2つあります。
1つ目は、基幹システムの最適化です。
製品である工作機械を製造するためにさまざまなシステムを使用し連携させているのですが、システムごとにカスタマイズを繰り返した結果、システムの置き換えや改修が難しい状況になってしまっていて。今後DX推進、生産性向上といった文脈で新たな施策を行うためにも、まずはバラバラになってしまったシステムを統合・連携し、最適な基幹システムを再構築しようと取り組んでいます。
2つ目は、AI技術を活用したキーテクノロジーの進化です。
製造業界でも“自動化”がトレンドになり、当社でもAI技術を活用したシステム機能の向上に取り組みたいと考えています。そのなかで、ノウハウ蓄積や人材育成の観点にも注力しています。採用したAIエンジニアが退職してAI技術の活用スキルが会社からなくなる事態を防ぐため、昨年より自ら機械学習の勉強を始めました。いまは、AI技術の活用によって解決できそうな課題はないか、各部署との対話を進めているところです。
―― DX推進の取り組みを行っていくなかで、苦労されたことを教えてください。
基幹システムの構築について、DX推進室と経営企画室のシステムグループの共同で進めており、システムの統合や連携を行うにあたっての課題点を洗い出し、整理して解決策の道筋を立てることに苦労しました。
現在の基幹システムは10年ほど使い続けている非常にレガシーなもので、各部署がそれぞれ多くの要望や課題を抱えていて。「どのように改善すれば、利用者全員が納得して使えるようになるか」を見極める難しさがありました。
社内アンケートで各部署の課題点を洗い出して優先度を考えた結果、まず最初に解決すべき問題を明確に示していくという、具体的な方向性がようやく決まりました。
少子化が進む未来でも、いままでと変わらない高品質なサービスを
―― 今後、DX推進室での活動をどのように展開されていく予定でしょうか?
動画制作やAI技術活用のスキルをほかの部署へ展開して、会社全体でDXを推し広げていきたいと考えています。そのためのポイントは、現場任せにしないことですね。
すでに動画制作の現場展開を進めているのですが、「手をつけてみたけれど続けられなかった」と頓挫してしまうことを避けるために、まずは10個の動画をDX推進室が現場と一緒に制作するところから始め、徐々に手を引いて現場に任せていく方法を試してみました。その結果、いまのところ順調に動画制作を続けてくれており、スキルを継承できた実感があります。
今後も、まずはDX推進室がリードする形でチャレンジし、軌道に乗ったら現場を巻き込む、そんな取り組みを地道に続けていこうと思います。
―― 世の中でDX推進の動きが活発になるなか、DXを通して何を実現し、お客様へどのような価値を提供していくのか、今後の展望をお聞かせください。
未来を考えるにあたっては、やはり少子化への対策が重要になると思います。当社が本拠地を構える福井県は、都市部への若い人材の流出などによって、日本の中でも人口減少の影響を早くから受けると予想しています。
そうした変化のなかでも成長し続けられる企業であるためには、いまから対策を取っていくことが大切なのです。動画制作を活用した採用活動や、アナログ作業のデジタル化による業務効率化・働きやすさの実現など、「社員が働きたくなる企業づくり」を行うと同時に、変わらぬ高クオリティの製品をお客様へ提供し続ける。そんな社員とお客様のどちらに対しても価値を生み出せる施策に挑戦していきます。
―― 最後に、これからDX推進に向けて動き出す企業に、アドバイスをお願いいたします。
DXは “デジタル人材がいなければ推進できない” ものではないのだと思います。私たちも、動画制作スキルやデジタル・テクノロジーの専門知識を豊富に持っていたわけではありませんでしたから。
まずはやってみたことでスキルや実績がついてきましたし、今では文系出身の部下が「3Dモデルを使ってこんなことをしてみたい」と提案してくれるなど、興味を持って挑戦できるよい人材が育ってきたことを実感しています。
私もさまざまな取り組みに挑戦してきましたが、やってみて後悔したことは一度もないんです。もちろんたくさんの失敗は経験したのですが、それによって学んだことのほうがたくさんありました。皆さんも「私は文系だから」「初心者だから」は関係なく、まずは自分で手を動かして、小さなことからチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
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