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フラストレーション発、DX経由 熊本の運送会社ヒサノの変革への道のり

DX事例

DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれているなかで、「どうやってDXを進めていけばいいかわからない」「デジタル人材が社内にいない」などの課題を抱えている企業も多いでしょう。

本連載では、DX推進事業に成功した企業へ事業の進め方や課題、苦悩などをインタビュー。第2回となる今回取り上げるのは、 熊本市に本社を置く運送・機械機器設置業の株式会社ヒサノです。

ヒサノは半導体製造装置をはじめとする様々な精密機械の輸送のほか、ピアノやコピー機などの中重量物の輸送、引越しや事務所移転、住宅設備の施工などの事業を展開しています。

従業員数84名(2022年2月1日現在)の同社では、当初ITを使った経営変革の意識は薄く、もちろんデジタル人材もいませんでした。しかし2021年11月、DX推進の準備が整っている(DX-Ready)と国が認定する「DX認定事業者」として認定されました。また、ITコーディネータ資格20周年記念「ITコーディネータ協会表彰」では、最優秀賞(経済産業省商務情報政策局長賞)を受賞しました。

ITに馴染みのなかった同社がなぜDX戦略を立て、外部から認められるほどの取り組みを進められたのでしょうか。熊本地震をきっかけとしたIT活用、体制構築、今後の事業転換について、同社を率いる久保誠社長と久保尚子専務にお話を伺いました。

DXのきっかけ:忙しさから従業員のフラストレーションが溜まっているのに、何が悪いのかわからない

株式会社ヒサノ様

―― ITを使ってどうにかしよう、という考えはどうして生まれたのでしょうか。取り組みのきっかけを教えてください。

久保誠社長(以下、社長):実は私は当初ITに全く関心がなかったんです。熊本地震を契機とした専務の危機感がIT活用のきっかけでした。

2016年4月に熊本地震が起こりましたが、幸い業績には影響がありませんでした。翌年の2017年には復興・復旧需要で仕事が忙しくなり、紙や電話で行っていたために情報共有が煩雑だったり、業務内容によって人と車両の配分に不公平感が出るなど、社内でフラストレーションが溜まっているのがわかりました。

久保尚子専務(以下、専務):そこで従業員に話を聞いて回ることにしたんです。ただ、経営者がいきなり「話を聞かせてくれ」というのでは、構えられてしまう可能性もあります。だから「ITを使った業務改善」という観点でヒアリングをすることにしました。経営者が現場の話を聞く名目として、「IT」は都合のいいものでした

現場の話を聞くと、ITを使って仕事のやり方を変える必要を感じました。しかし、事務担当者の負担を減らそうとすれば現場の事務作業が増え、現場の事務作業を減らそうとすれば現場の情報を拾いきれなくなるなど、解決策がなかなか見出せませんでした。事業全体のリソースの配分についてやり方がわからず、2年くらいは試行錯誤で出口の見えない状態が続きました。

―― 業務改善の見えない出口、抜け出したきっかけはなんでしたか。

専務:2019年3月、地元の金融機関主催のIT経営セミナーに参加しました。そこで、ITコーディネータの中尾さん(編集部注:ITコーディネータの中尾克代氏)の講演と、県内でDXを進められている企業さんの講演を聞きました。

自分たちのやっている業務改善はまだ「部分的なIT導入」で、IT経営の最初のステップであることに気付きます。自分たちの見えているものだけで考えるのではなく、専門家と話せば、この先へ進めるのではないか、課題が解決するのではないかと思いました。

ヒサノ様講演資料 ITを経営の力とするステップヒサノ様講演資料「街をつくる・未来をつくるヒサノのDX戦略~ITとなりゆきと人の縁~」より

 専務:それから中尾さんに入っていただきました。「将来の会社の方向性」についてまとめよと社長と私に宿題が出され、会社としてのビジョンを考えるところから始めました

また社内の状況を整理された中尾さんから、受発注システムを作りませんかと提案を受けました。

業務プロセスを分析し、会社全体での仕事のやり方を最適化するため、「横便箋システム」という、受注情報から自動的に配車を行う仕組みをクラウド上に構築。これまで紙で行っていた配車業務をシステム化することで、配車がスピーディーに最適化され、現場や担当者間での情報共有が促進できました。

当時は、システムの知識はゼロで、要件定義*が必要ということもピンときていませんでした。しかしベンダーさんの選定や、補助金の申請など期日のあるものに取り組もうとすると「やるしかない」状況になり、経営者である自分たちが「わからない」とは言っていられませんでした。

「要件定義」とは、システム開発において、どのようなシステムを作りたいのか、何ができるシステムを作りたいのかを定義すること。

社長:配車担当者の暗黙知で業務が采配されているのは問題です。システム開発のための要件定義の中で業務プロセスを分析していくと、経営者として何に取り組むべきかが整理できます。そしてシステムによって、仕事が平準化されていきました。最初はITの活用に腰が引けていたものの、だんだんおもしろくなっていきました。

―― 変えようとするとき、社内の反対はありませんでしたか。

社長:ITがわからないとか面倒だという反対意見は出ませんでした。逆にみんな改善の要望をどんどん出してくれたんです。配車業務の担当者や事務担当者は特に積極的に関わってくれました。

Microsoft365(マイクロソフト製のグループウェアツール)から社内のIT環境を整えていったのもよかったように思います。運送業ということで従業員は全国に出っぱなしのため、いつでもコミュニケーションできることはみんなにとってメリットでした。

元々ヒサノは、1台のトラックに1人の運転手が付いているわけではありません。1台のトラックに複数人が付いて運送や設置を行う、チームで仕事をする社風です。それに、まじめな社員が多い。

専務:システム開発のために、何度も打合せをしました。意見の合わない場面では、ともすればケンカのようになってしまう社長と私の話し合いも、従業員は温かく見守り付き合ってくれました。みんなで一緒に進めてこられました。

DXの推進体制:ヒサノのDXは、外部機関も含めた「チーム・ヒサノ」で進める

―― 当初デジタル人材はいらっしゃらなかったと思います。DXの推進体制はどのようになっていますか?

専務:私たちのDXは「チーム・ヒサノ」というチームで進めています。

ヒサノ様講演資料 チーム・ヒサノヒサノ様講演資料「街をつくる・未来をつくるヒサノのDX戦略~ITとなりゆきと人の縁~」より

 自分たちだけでは到底進められません。金融、自治体、財務・労務、法務、倉庫、IT、Web等の外部機関と連携しているんです。自分たちでわからないことを誰に相談すればいいかを整理できたことで、変革が進めやすくなりました。

ヒサノのDXは「ITとなりゆきと人の縁」の賜物であると表現しています。困ったときに誰かと出会って、その人の持っているノウハウを通じて問題を解決することで、次に進められる。そのような繰り返しをやっているように思います。

また、新事業として倉庫業を始めようとしています。このためには、新たなネットワークインフラを構築する必要があります。ベンダーの方と専門的な話のできる人間が社内にいたほうがいいと考え、必要なスキルを持つデジタル人材も採用しました。

―― その方はどのように採用されたのですか。

社長:地元の金融機関に相談して紹介してもらいました。ITは領域が広いのに、個人の持っているスキルの幅は狭かったりもする。彼のような人材をどのように採用していくのかは今後も課題ですね。

―― 相談できる誰かと繋がることで、その先もまた繋がっていくんですね。

専務:今後Webサイトの解析もやっていくんですが、ITコーディネータの中尾さんの娘さんがWeb制作会社にいらっしゃるということで紹介してもらい、勉強会を実施したりもしているんですよ。

DXを進める方へのアドバイス:中小企業は経営者がIT化を諦めてしまう?

―― 中小企業の皆さんがDXを進めようとするとき、さまざまな壁に直面すると思います。これからDXを進める方にアドバイスなどはありますか。

社長:ITの活用が直接売上に繋がるわけではないため、ジレンマがあると思います。ITの意義がわからなければ、多くの中小企業では経営者が取り組みを止めてしまう、ステップを進められないとも聞きました。

例えば、ある食品を作っている企業がコロナ禍で苦しいときに、自動販売機を作って展開していきましょうというのと、ECサイトを作りましょうというのでは、手っ取り早く効果が出るのは前者になります。ある程度経営状況がよくなければ、なかなかIT活用に踏み込めないかもしれません。

ヒサノも、各種補助金活用のアドバイスを適切な時期ごとに金融機関からもらって進めてきました。財政的に厳しくとも、ステップで一歩一歩進めていける、ということを他の企業さんにもお伝えしたいと思っています。

未来に向けて:「事業転換が企業存続の鍵」 ヒサノのこれから

株式会社ヒサノ様

―― ヒサノさんの今後の事業や、顧客へどんな価値提供をしていきたいか教えてください。

専務:これまで単年の計画しか立てていませんでしたが、現在2021年から2025年の5年計画を立てているところです。DXはパッケージソフトを入れて終わりではなく、長期間で自社をどのように変えていくかという視点が重要です。一過性のものにしないために、IT投資がどのくらい生産性向上につながるか、データを分析し、これまでとは違う経営の見方をしていきたいと思っています。

社長:2008年に社長に就任してから、リーマンショック後の不況や震災、コロナ禍など多くの環境変化がありました。

京都大学の若林直樹教授は「事業転換が企業存続の鍵」と言っています。2022年以降、台湾の半導体メーカーの工場が熊本県内で建設されます。これをチャンスと捉え、既存の運送業だけでなく、倉庫業という新しい事業に投資することが、ヒサノという会社が残っていくために必要なことになります。

「変わっていくこと」に対して、紙で業務はやっていられませんよね。基幹システム始め、デジタルは変革に勝手についてくるものだと思います。

事業転換とDXは表裏一体です。ITを武器にする運送業として、ヒサノは今後も変化を続けていきたいと考えています。

株式会社ヒサノ様

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