DSSを全社の共通言語とし、デジタル人材育成を加速。 実践で学び、事業成長につなぐリコーの挑戦
DX事例 人材育成
1936年の創業以来、複写機やファクスなどのOA機器を中心に、人々の“はたらく”に寄り添う製品・サービスを提供してきた株式会社リコー。
2020年には「デジタルサービスの会社への変革」を掲げ、事業ポートフォリオの転換を進めるとともに、その担い手となるデジタル人材の育成を本格的にスタートしました。
2022年には「リコーデジタルアカデミー」を発足し、全社員のデジタルリテラシー向上と専門人材の育成を推進。さらに、デジタルスキル標準(DSS)をグループ共通の人材像やスキルを定義するものとして採用し、学習から実践、配置、事業貢献までをトータルにつなぐ仕組みを構築しています。
DSS活用の背景や効果について、デジタル人材育成の担当者に話を伺いました。
新たな事業領域への進出を機に、デジタル人材育成を本格化
──貴社の事業と、デジタル人材育成に取り組み始めた経緯を教えてください。
技術本部 戦略経営センター 技術人材開発室 室長 余平哲也氏(以下、余平):リコーは創業以来、お客様の“はたらく”に寄り添いながら価値を提供してきました。複写機やファクスなどのオフィス機器、カメラなどの光学機器を起点に、主にOAメーカーとして成長してきた会社です。
一方で、以前から「将来は紙の利用が減っていく」という危機感は持っていました。2019年末からのコロナ禍を契機に社会のデジタル化が一気に進む中、2020年に「デジタルサービスの会社への変革」を宣言。人にしかできない創造力の発揮を支えるべく、新しい事業領域へ踏み出すことを決断したのです。
デジタルサービスを提供するには、単にITツールを使える人材ではなく、データを分析したりAIを活用したり、課題を見極めて新たなビジネスを創出したりできる人材が必要です。そこで2021年にデジタル戦略部を立ち上げ、本格的なデジタル人材育成をスタートしました。
技術本部 戦略経営センター 技術人材開発室 室長 余平哲也氏
──具体的には、どのような人材育成を行ってきたのでしょうか。
同本部 戦略経営センター 技術人材開発室 技術人材育成グループ リーダー 大関かおり氏(以下、大関):中核的な施策として、2022年に「リコーデジタルアカデミー」、通称「デジアカ」を開校しました。育成は大きく2層に分けており、1つが全社員を対象としたデジタルリテラシー教育、もう1つが専門的・実践的なスキルを身につけるアップスキリングです。
前者は、プロセス変革やセキュリティ、デザイン思考などデジタルに関する知識の習得や、デジタル化に向けた当事者意識の向上・マインドチェンジに主眼を置いており、eラーニングにより学習を進めます。後者のアップスキリングは、各社・各部門から推薦された中・上級者向けに、eラーニングや社内外のハンズオン研修、資格取得、ワークショップ、OJTなど、さまざまな施策によって知識やスキルの習得から実践までを支援します。
デジタルリテラシー教育は約3万5,000人の国内グループ社員のほぼ100%が履修し、アップスキリングについても2025年時点で延べ約1万6,000人が受講するなど、社内への浸透は大きく進んでいます。こうしたデジタル人材育成は、事業成長を支える重要な取り組みとしてESG目標(将来財務目標)の1つに位置づけて推進してきました。その結果、2025年度末までの目標4,000人を大きく上回る6,800人超の人材を育成することができました。
技術本部 戦略経営センター 技術人材開発室 技術人材育成グループ リーダー 大関かおり氏
DSSを活用し、部門ごとの「方言」をグループの共通言語に
──人材育成においてデジタルスキル標準(DSS)を活用されていると伺いました。採用のきっかけを教えてください。
余平:デジアカ開校以前にも各ビジネスユニットや各グループ会社でデジタル人材の教育を行っていました。ただ、それぞれで人材やスキルを測る物差しや言葉の意味が違っている、言ってみれば「方言」があるような状態だったのです。そうすると全社で「こういうデジタル人材が必要だ」と議論することも難しくなりますし、グループ内の人材流動性も高まりません。教育だけでなく、その先の配置を考えるうえでも、グループ全体で使える共通言語のようなものが必要でした。
大関:共通の軸を探していたときにたどりついたのがDSSだったのです。私たちが目指していた人材像と方向性が近く、なおかつ国内標準という点も大きな魅力で、社内の納得感も得やすいと思いました。そこで2024年度からDSSを取り入れ、これに沿う形で全社共通の人材やスキルを再定義しました。
DSSのスキル項目に対応した研修や学習コンテンツ、ラーニングパスを整備し、「この人材類型を目指したい」と思った社員が必要なスキルを確認し、自分に足りないものを逆引きして学べる仕組みを構築しています。2026年4月に改訂されたDSSの内容も反映し、現在の人材類型は6種、スキル項目は計90となっています。
DSSに準拠したリコーのデジタル人材類型とカテゴリー
DSSは「個人の成長と事業の成長の同軸化」を支える基盤
──DSSの活用によって、どのような効果が生まれていますか。
大関:一番大きいのは、人材像についてグループ内で共通認識を持てるようになったことです。「どのような人材が必要か」「事業で問われるのはどんなスキルか」などについて議論しやすくなり、人材育成と事業戦略を結びつけやすくなりました。
余平:それまでは「こういう経験のある人はいないか」など抽象的な条件で探していましたが、「このロールでレベル3の人材」といった具体的な条件で共有できるようになったということです。また、複数部門で求めるスキルが共通していれば、育成施策を横展開することも可能です。新たなプロジェクトが立ち上がった際も、社内に必要な人材がいるか、不足分をアウトソーシングや中途採用で補うかといった判断がしやすくなり、人材配置や育成計画を機動的に検討できるようになりました。当社では「個人の成長と事業の成長の同軸化」を重視していますが、DSSはその実現を支える基盤になっていると感じます。
大関:社員にとっても、「何を学べばいいのか」がより明確になりました。推奨資格やレベル感も示せるようになったため、「まずここから学ぼう」「ここは身についているから次へ進もう」と、自分の現在地に応じて目標を定めやすくなりました。社員のモチベーション向上にもつながっているとみています。
学びの先に「活躍する場」をあらかじめつくる
──リコーデジタルアカデミーを運用していく中で見えてきた課題などはありましたか?
大関:全体的に学習は順調に進んでいったのですが、その後に「学んだことを業務で十分に活かせない」「スキルを使う場がない」という声が聞かれるようになりました。そこで2024年から、学んだことを実践できる場の提供を段階的に拡充しています。
例えば、アップスキリング層では社内アクセラレータープログラム「TRIBUS(トライバス)」と連携し、社内副業の形で新規事業のチームに参加する機会を設けています。期間限定で事業開発に関わり、そこで得た経験を本業に持ち帰ってもらうのが狙いです。
また、東京・品川の「RICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE TOKYO」では、お客様と一緒に課題を整理し、新しい価値を共創する場を設けています。ビジネスアーキテクトやビジネスデザインなどを学んだ社員が、実際のお客様との対話を通じて経験を積める場です。
さらに、本務を離れて数ヵ月から1年間学習にフルコミットする「スキルアッププログラム」も用意しています。これはより効率的な事業貢献につなげるため、従来の育成と発想を逆転させたものです。「学んだ後にどうするか」を考えるのではなく、先に「この部署で、こういうスキルを持った人に活躍してほしい」という出口を用意し、現在のスキルとのギャップを測ったうえで人材を育成。一定の水準に達したら、その部署へ異動して活躍してもらいます。現在、94名がプログラムを修了しています。
余平:人的資本経営という観点でも、教育を提供しただけでは事業への貢献が見えにくいという課題があります。学んだ人が実際に仕事のある場所へ移り、そこで価値を生み出すところまでつなげることが重要です。このようにグループ全体でデジタル人材要件を考える際にも、DSSという共通言語が非常に役立っています。
── 一方のデジタルリテラシー層では、学びと実践の接続はどのように行っていますか?
大関:こちらは身近な業務での実践を重視しています。例えば、生成AIを使って自分の仕事を効率化してみるといったことです。そこで重要なのが、安心して使える環境をつくることでしょう。
生成AIの利用にはリスクも伴います。だからといって「危ないから使わない」では行動につながりません。そこで当社では生成AI活用のガイドラインを示していますが、これは行動を止める「ブレーキ」ではなく、リスクを抑えながら前に進むための「ハンドル」ととらえています。何をしていいのか、何をしてはいけないのかが分かれば、社員も安心して一歩踏み出せると考えています。
余平:道路にたとえると、越えてはいけないところにガードレールがあり、その内側ではハンドルを切りながら自由に走れるイメージです。真面目な社員ほど「危ないからやめておこう」となりがちですから、安全に進める道筋を示すことは大切だと思います。実際に2025年度から本格的に全社展開した技術倫理教育によって生成AIのリスクや適切な利用方法への理解が深まり、受講後には生成AIの利用率が向上するなど、学びを実践につなげる成果も表れています。
スキルの掛け合わせで新しい価値を生み出す
──今後、DSSをどのように活用していきたいと考えていますか。
大関:学びの仕組みはかなり整ってきましたが、社員一人ひとりがDSSを理解し、自分のキャリア形成に活用しているかというと、まだ道半ばです。今後は人的資本戦略に加えて、事業戦略とのつながりをさらに強めていきたいと考えています。
デジタルの世界は変化が速く、必要とされるスキルや人材像も変わり続けます。すべてを自社独自で定義するのではなく、外部の変化を取り込んでいくためにもDSSは基盤として重要です。大学や他企業との連携においても、共通言語として活用できると考えています。
──デジタル人材の育成について、今後の展望をお聞かせください。
大関:1つは「スキルの掛け合わせ」です。自分の専門性を軸にしながら異なる領域のスキルを身につけることで、新しい価値につながると考えています。人材の人数だけでなく、1人が複数のスキルを獲得し、それらを掛け合わせて活躍する環境づくりにも注力していきます。その一環として、2026年度からの新しいESG目標では、社員一人ひとりのスキルの幅を広げることを重視し、保有スキル数の向上を目標として設定しています。こちらの取り組みについては、今後成果が見えてきたタイミングで、改めてお話しできればと思います。
もう1つのキーワードが「実践」です。スキルを身につけること以上に、それを本当に使いこなしているか、成果につなげられたかが重要です。大きな成果でなくても構いません。自分の具体的な業務課題に使ってみて「これだけ変わった」と実感できれば、次の活用につながります。その機会を会社側からも増やしていきたいと思っています。
余平:同時に、一部の人だけが高度なスキルを身につければよいわけでもありません。全社員のリテラシーを底上げし、みんなが共通言語を持つことも会社の変革には不可欠で、この点も引き続き取り組んでいきます。
当社は2021年にDX認定事業者となり、翌2022年にDX銘柄に選定されたほか、2026年はDX注目企業に選定されています。大変ありがたいことで、人材育成を通じてDXを着実に推進できていることが、こうした評価の背景にあるのかなと考えています。専門人材の高度化と全体の底上げという両方の施策を、今後さらに加速していけたらと思っています。
「学びの業務への接続」までをセットで設計することが大切
──これからデジタル人材育成に取り組む企業へメッセージをお願いします。
大関:研修やコンテンツを取り揃えて、「あとは自由に学んでください」というだけではなかなか浸透しないので、「学んだ人材が活躍できる場」「学びの業務への接続」までをセットで設計することが大切だと思います。私たちも単に研修を一方的に提供するだけにならないよう意識し、教育そのものだけでなく、その先の行動変容や事業への貢献まで考え、持続可能な人材育成に努めていきます。
また、同じことがDSSについても言えるかもしれません。導入すること自体を目的にするのではなく、自社に必要なデジタル人材を考えるための共通言語として活用する。そして学習だけで終わらせず、実践や配置までつなげていく。そうした使い方が重要なのではないでしょうか。
※掲載内容は2026年8月取材時のものです。
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