キッツのDX──データ活用を軸に人財を育て、現場に寄り添う改革を進める
DX事例
1951年に創業したキッツは、国内市場で最大手、世界有数の総合バルブメーカーです。
長い歴史と実績を持つ製造業は、一般的にアナログで保守的なカルチャーだというイメージを抱かれがちですが、キッツは異なります。2022年には社長自らが責任者となってタスクフォースを組織し、社を挙げてDX推進に取り組みました。2024年にはDX認定も取得し、着実に成果を上げています。
同社のDX推進の鍵を握るのが人財育成。勉強会やワークショップを通じて社員のデータ活用スキルを磨く一方で、スキルを持つ人財が活躍できる場の整備も進めています。
DX推進の歩みとDX推進人財育成のポイントについて、担当者にお話を伺いました。
真面目な社風と革新を受け入れるカルチャー
── まず、キッツの事業について教えてください。
経営企画本部 デジタル戦略推進部 部長 藤澤英之氏
経営企画本部 デジタル戦略推進部 部長 藤澤英之氏(以下、藤澤):当社は1951年に創業したバルブメーカーで、現在はバルブ事業を中核とし、伸銅品事業(黄銅棒及び黄銅加工品の製造・販売)、ホテル事業なども展開しています。
製造や販売の拠点をグローバルに広げており、2023年11月には本社機能を千葉・幕張から現在の東京・汐留へ移転しました。新しい環境で多様性を受け入れながら、今後はさらにグローバル展開を強化していく方針です。
── どのような社風やカルチャーがあると感じていますか。
経営企画本部 デジタル戦略推進部 ビジネスコミュニケーションGr グループ長 二木裕介氏
経営企画本部 デジタル戦略推進部 ビジネスコミュニケーションGr グループ長 二木裕介氏(以下、二木):弊社は70年以上の歴史がある「真面目な製造業」である一方で、デジタル化やDXに関する取り組みでは、新しいことを柔軟に取り入れるカルチャーもあります。
タスクフォースで課題解決を進め、DX認定を取得
── DX推進はいつ頃スタートしたのでしょうか。
藤澤:2022年2月に「第1期中期経営計画2024」を公表し、事業戦略の一環としてDX推進を掲げました。
会社全体の約2割のメンバーが参加する「BX(Business Transformation)タスクフォース」を組織し、各部署の課題の抽出とDXによる問題解決を進めました。
タスクフォースは社長自らが主導し、その強いリーダーシップのもと、社員ひとりひとりが高い改善意欲を持って取り組めたと思います。
「Corporate Report 2024 特集ページ」より
── 2024年4月には「DX認定」も取得されています。
藤澤:実は2020年頃に一度、DX認定取得を検討していたのですが、当時は基幹システムの刷新直後で、経営基盤の整備を優先しました。リソースや体制の面で、認定取得に取り組むのはハードルが高いと感じていたのです。
その後、タスクフォースが立ち上がり、少しずつ成果も現れたことで、あらためて「DX認定にチャレンジしよう」という機運が生まれたわけです。本格的に準備を進め、2024年に取得することができました。
── DX認定を取得したメリットはどう感じていますか。
藤澤:自分たちの取り組みが客観的に評価されたという意味で大きな自信につながりました。ただ、これはあくまでスタート地点。ここからが本番だと考えています。
二木:私たちのような製造業に対して、アナログなイメージを持つ方は少なくありません。DX認定取得を通じて、弊社がDXを積極的に推し進めていることを知っていただく良い機会になると思っています。
── DXを推進するうえで、難しかったことはありますか。
藤澤:社員の意欲は高かったものの、当初は具体的な進め方がなかなか定まらないこともありました。
検討段階で「このやり方がよさそう」と思っていたのに、進めていくと新たな課題が見えてきて、目の前の業務が一時的に改善したとしても、長期的に見たときに本当にそれが会社にとってメリットになるのかを、常に考えながら進める必要がありました。
── どのように解決していったのでしょうか。
藤澤:近道はなかったですね。現場との対話を重ねて声を拾い上げる、地道に業務フローを見直していく――。そうした積み重ねが、業務改善や意識改革につながり、結果としてDXの道筋を形にすることができたと感じています。
── こうした着実な取り組みには人財が鍵となりそうです。タスクフォースのメンバー構成はどのようなものでしたか。
藤澤:メンバーは部門長クラスに加え、若手も多く参加しました。実務に携わるメンバーの視点を取り入れ、現場で本当に困っていることを解決しようという狙いがありました。
部門横断的な委員会方式に移行し、スキルアップ教育を実施
── 現在のDX推進体制はどうなっていますか。
藤澤:タスクフォースは3年間で終了し、DXの取り組みを継続していくために、現在は委員会方式で活動を行っています。
各部門の代表者が参加し、それぞれの部門の窓口として、状況を把握しながらPDCAのサイクルを回しています。タスクフォース時代よりメンバーを絞り、より実行性を重視した体制ですね。
── DXを継続していくには、それを支える人財の育成が欠かせません。どのように育てているのでしょうか。
二木:人財育成では、RPA(Robotic Process Automation:人の手で行っていた定型業務をソフトウェアで自動化する技術)やBI(Business Intelligence:業務データを分析し意思決定を支援する技術)ツールといったITスキルを事業系のメンバーも含めて身につけられるようにスキルアップ教育を実施しています。
藤澤:初期はメンバーを募って勉強会を行っていましたが、最近では高いスキルを持つメンバーが増えてきたため、社内コミュニティを作り、相談窓口を設けて対応する形に進化しています。
── 新しいツールが現場に導入されることに対して、抵抗感を持つ方はいましたか。
藤澤:当初はそうした心配もしていたのですが、多くの方は問題なく受け入れてくれました。印象的だったのは、BIツールのハンズオン勉強会で最年長の社員が講師を務めたことです。年配の社員が先生をしている姿は、他の社員たちの「それほど難しくない」という安心感につながったと思います。
ワークショップで「データを使うスキル」を学ぶ
── 2024年10月には人財育成の一環として、データ活用のワークショップを開催したそうですね。
藤澤:はい。当社ではCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)を導入して案件情報の蓄積を進めています。データを活用して業務課題を解決していくには、「データを使うスキル」が不可欠です。業務で生かせるデータ活用をさらに身につけてもらう目的で、キヤノンマーケティングジャパンさまにご協力をいただきました。
二木:CRMの導入は営業現場に負荷がかかる面もあり、「入力したデータが業務にどうプラスになるのかが見えにくい」という声もありました。
そこで、データ活用の具体的なメリットを実感してもらい、データドリブンなカルチャーを浸透させることを目的に実施しました。お客さまと接点のある営業やカスタマーサービスを中心に、CRMを業務で利用する社員のうち24名が参加しました。
── ワークショップの内容について教えてください。
二木:参加者には、実際の業務課題を事前に挙げてもらい、その解決を題材に問題解決手法としてのデータ活用をグループワークショップ形式で実施しました。
また、キヤノンマーケティングジャパンの講師には、データ活用のプロセス、課題の構造化、データを用いた施策の評価方法、さらにはデータ活用事例の解説をいただきました。
── 参加者の反応はいかがでしたか。
二木:営業現場では基本的には顧客対応が優先されるため、このように体系的に学ぶ機会は貴重というポジティブな意見が多く、好評でした。他部門への横展開を望む声も上がっています。
また、参加者にピックアップしてもらった課題のなかには、すでにDXで対応済みであるにもかかわらず、十分共有されていなかった事例もありました。私たち自身が、こうした情報共有の課題に気付くことができた点も副次的な効果として大きかったと思います。
ワークショップの様子
問い合わせ時間の短縮、資料検索の改善……「現場発」のDXが実現
── DX活用スキルを持つ人財の活躍の場は用意されているのでしょうか。
藤澤:各部門でのDXの取り組みについて、経営陣と進捗共有の場を設けているほか、年に一度、社内で「DX EXPO」と称したイベントを開催し、デジタルの利活用を推進しておりますが、そこで優れた取り組みの共有と表彰をしています。
加えて、デジタル社内報ツールで「どの社員がどのようなDXに取り組んでいるか」を発信しています。各部門内にDX人財がいることを会社全体で認識しやすくすることで、適材適所の人財配置につなげたいと考えています。
── 優れた取り組みの実例を教えてください。
藤澤:ひとつの例としては、お客さまからの技術的な問い合わせ対応の改善です。特に工場やプラント向けのバルブに関する専門的な問い合わせは、一般的なFAQでは対応できないことも少なくありませんでした。
以前は問い合わせを受けるたび、適切な技術部門の担当者を探すのに時間がかかっていまして、何人か経由してようやく担当者にたどり着くこともありました。
その対応として、フォーム作成ツールを活用し、問い合わせが入ると適切な部門へメンションをするコミュニケーションツールに通知される仕組みを構築しました。さらに、問い合わせから回答までをBIツールで可視化し、早期回答を促す風土を醸成することで、回答所要時間を大幅に短縮するとともに、部門別の問い合わせ傾向も把握できるようにしました。
その結果、回答までのリードタイムは大幅に短縮し、部門別の問い合わせ傾向も把握できるようになりました。新たなソフトウェアを導入せずに、既存ツールを組み合わせて業務課題を解決できたDXの好例といえるでしょう。
── まさに、現場発の工夫で実現したDXですね。
経営層の後押しを得てまずは飛び込む──それがDX成功の鍵
── 今後のDX推進における課題や展望について教えてください。
藤澤:DXを通じた改善・課題解決の文化は社内に定着してきました。
次のステップとして、AI活用が大きな鍵になると考えています。すでに、生成AI使用環境の整備や勉強会の実施、相談窓口の設置などを通じて、誰もがAIを使いこなせる環境づくりを進めています。
── 最後に、これからDXを進める企業へのアドバイスをお願いします。
藤澤:取り組みの初期には、後ろ向きな意見やリソース不足といったさまざまな課題に直面することもあるでしょう。
一方で、DXを経営課題と捉える企業も増えており、経営層としっかりコミュニケーションを取り、トップダウンのリーダーシップのもとで環境を変えていくことが推進の鍵になります。
不安になることもあると思いますが、一度実行してみると、意外とうまく進むこともあります。まずは飛び込んでみることが重要です。
二木:業務部門からは投資に対する成果も求められます。DXを推進する立場としては、そうした業務部門の視点を踏まえたコミュニケーションを欠かさず、ITの専門性を生かして伴走することが大切だと考えます。
取材・構成・撮影:山田井ユウキ
編集・制作:株式会社はてな
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