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82歳パート社員もタブレットを活用! IT部門のない町工場がDXできた秘訣とは

DX事例 製造業

DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれているなかで、「どうやってDXを進めていけばいいかわからない」「デジタル人材が社内にいない」などの課題を抱えている企業も多いでしょう。

本連載では、DX推進に成功している企業に事業の進め方や課題、苦悩などをインタビュー。第10回となる今回取り上げるのは、東京都羽村市で業務用トランスや電源機器等の製造を行っている株式会社NISSYOです。

同社は、2022年6月、DX推進の準備が整っている(DX-Ready)ことを国が認定する「DX認定事業者」に認定されました。また、日本の中小企業の規範となる DX 推進態勢を構築したとして、2022年のITコーディネータ協会表彰で優秀賞(独立行政法人情報処理推進機構理事長賞)を受賞しています。

IT部門のない同社がなぜ、DXを進め、外部から認められるほどの取り組みを進められたのでしょうか。徹底したIT活用や社員教育、また今後の事業展開について、同社を率いる久保寛一社長にお話を伺いました。

DXのきっかけ 本当の敵はライバル企業ではなく「時代」

株式会社NISSYO 代表取締役社長 久保寛一氏(写真提供:NISSYO)

―― DXの取り組みのきっかけはなんですか。

2017年7月、「経営計画書」の社長コメントで「バックヤードはデジタルでどんどん簡素化して、お客様との接点は徹底してフェイストゥフェイス、つまりアナログでやりましょう」と宣言しました。当時は「DX」とはいわずに「IT化」といっていたと思います。

というのも、IT化の取り組みが進んでいるいろいろな会社を見た結果、このまま井の中の蛙でいると会社は続かないんじゃないの、という危機感を抱いたんですね。

―― 当初のIT化の取り組みについて教えてください。

まず、iPadを正社員55名全員に配りました。

そうすると「社長、これどうやって使うんですか」ときかれまして「俺もわかんない」と。(笑)
はじめは家に持ち帰って自由に使ってもらいました。それぞれ好きなサイトを見たり、テレビを見たり、ゲームをしたり。自由に使ってもらうと、そのうち扱いが上手になってきました。
今でこそiPadにセキュリティーツールを入れていますが、当時はそういうリテラシーがほとんどない状況で。それがIT化のスタートです。

また、当時、半導体製造装置のお客様がいたこともあって、売上がどんどん増えていました。ペースとしては5年で2倍くらいで、そうなると仕事の量も2倍です。それまでExcelとFAXとメールで受発注していたのが、 ぜんぜん回らなくなって、もう人をいくら入れても足りない。慢性的な人材不足になっていました。

でも、採用しようと思っても中小企業にはそんなに人は集まらない。このままだと業務に押しつぶされる、ということで受発注システムを入れることになりました。

それから、ペーパーレスの取り組みですね。

私たちは製造業なので、部品を集めて組み立てて、製品として出荷する、というのが仕事の流れです。その部品を発注するのに、取引先とFAXでやりとりをしていて、ここで多くの紙を使っていました。
しかも、その紙は機密文書なので、お金をかけて運んで、溶解処理に持って行って、という手間もあったんですね。

また、製造業務では、紙の図面を印刷してそれを現場に配って、その図面に書き込みをします。これに年間40万枚くらいの紙を使っていました。
当初はその紙をスキャンしてPDFにしただけでも、立派なデジタル化ができるって思ってましたね。

それが今では、クラウドに図面データを上げて、各自が持っているiPadで見ています。図面への書き込みもiPad上でできるので、結果として年間60万枚くらいのペーパーレスにつながっています。

 タブレットを使ったペーパーレス(NISSYO資料を基にIPAにて作成)

立候補で集まったDX委員会でDXを推進

―― DXやIT活用はどのような体制で実施されていますか。

「DX委員会」というチームで進めています。メンバーは現在12名で、パソコンやソフトウェアが好きだったり興味があったりする人が中心ですね。こちらから指名した人はいないです。

幸いにして当社は電源を作ったりトランスを設計したりする電気会社ということもあり、電気や電子、通信、情報処理の学部を出た人たちが20名ほどいたんです。でもこれはDX委員会に立候補してもらったときに知りました。

当社にはIT部門や、ITを専門に業務をしている人はいません。
ですから、IT導入の企画や、ベンダーさんと話をするのもDX委員会のメンバーが行います。
それぞれのメンバーは「DX委員会で業務を抜けるんだけど」と上司に言うわけですが、それを上司が快く受け入れてくれるような社風を作るのは、社長の私の仕事ですね。

もちろん、お金がかかることもあります。それは決裁として上がってくるので、私も多少は首を突っ込みます。
ちなみに、決裁業務もスマホでやってますので、社長はスマホ1つ持っていれば、世界中どこに行っても決裁ができる。ポンポンポンと半日くらいで社長まで回ってきて、物事が進められる。そんな会社です。

iPadなしには仕事ができない NISSYOのデータドリブン経営

NISSYOのアスヨクDX(NISSYO ITCカンファレンス2022講演資料より)

―― 現在進めているDXの取り組みを具体的に教えてください。

データに基づいて経営をドリブンするデータドリブン経営を実践するため、Googleのサービスを使った「アスヨクDX」という社内向けポータルサイトを運用しています。

この「アスヨクDX」の中に会社の中のいろいろなデータを集めてるんです。

ハードウェアとしてはiPadやラズベリーパイを使って、またソフトウェアとしてはGoogleを中心にIFTTT(Webサービスの連携ツール)を使ってシステムをつなげたり、会社で起きていることのデータを全部「アスヨクDX」に収めています。
それで、集めたデータをLooker Studio(GoogleのBIサービス)で見える化してるんですよ。

たとえば「とあるお客様の何月から何月までの売上はどうだった」とピピッと検索すれば瞬時にそのデータが表示されるとか。
あとは製造業ですから、不良の集計ですね。
不良を作った瞬間に、どのくらいの時間損しましたとか、材料いくら損させましたとか、不良を作った本人が自分のiPadから入力します。そのデータもリアルタイムにLooker Studioに表示されて、金額も表示される。

また、製造データが集約されているから、従来は品質保証部が作っていたパレート図なんかも、自動で表示されます。
もともとは品質保証部がデータをまとめて月に1回発表していたのですが、今はクラウド上で全部自動的に、リアルタイムに出るようになりました。

立派なグラフを作るのが品質保証部の仕事じゃなくて、そこから先の、「なぜこの不良が多いのか」とか「この不良が出ないようにどうしていこうか」っていうのを人間が考えればいいわけです。

ほかにも取り組みはありますが、当社のDXの中心はこの「アスヨクDX」ですね。
しかもこれは特注のシステムではなく、Googleの汎用のサービスを使っているんです。

―― 全社員にiPadを配ってポータルサイトでデータを見える化する、というのは根付かせるまでが難しい印象があります。なぜ定着できたのだと思いますか。

もうこれがないと仕事ができないから、ですね。

今になって60万枚紙を印刷しますか? チェックシートを紙にしますか? そんなことはもうできない。82歳のパートさんも「私はアナログ人間ですからこんなもの使えません」って最初は言っていたんです。でも、これがないと仕事ができない会社になったら、使えるようになりました。

1人年間約50万円の費用をかけて人材育成

―― Webサイトには「社員教育に時間とお金をかけている」と書かれています。社員教育についてくわしく教えてください。

「企業は人なり」ってみんな言うんですよね、「人財」だとかね。

じゃあそこに時間とお金をかけている会社はどれだけあるの、といえばどうでしょう。時間とお金をかけなきゃいけないってことに気づいている人が全体の2割いるとして、その2割のうちまた2割が実行するとすれば、4%くらいの人しか実行できないわけですよ。

利益が出れば税金を払いますよね。その観点でいうと社員教育っていうのは、今の税金は一旦ちょっと抑え気味にさせてもらって、その分、人も会社も成長させて未来の税金を作る、ということなのかなと思います。だから、わが社の未来をかけて、時間とお金を使って社員教育してるんです。

外部の方から「NISSYOさんちょっとおかしいぐらいお金使ってます」なんて言われるんですけど、実際そこに本気でお金を使える社長さんって少ない。

1年生、2年生みたいな新人から、中堅どころ、幹部までみんな研修を受けていろいろな勉強をしてもらってます。もちろん社長自身も勉強して上に上がっていかない限り、中小企業は潰れちゃいますよ。どんどん上に伸びていかないと会社は大きくならないと思います。

―― 具体的にはどんな教育をしているのですか。

いろいろありますが、1つにプロファイリングツールを使って個人の特性を理解しよう、という研修があります。

DXとは直接関係ないかもしれないけど、人ってそれぞれ考え方が違うでしょう。たとえば、静かな図書館で友達が入ってきたときに、「ここにいるよ」って手を挙げる人と、入ってきたのをわかっていてもそっと下を向いている人もいる。
そんなふうに、自分の普通と他人の普通が違うっていうことを、上司と部下、同僚同士が理解しながら仕事を進めるのって素敵じゃないですか。だから、一人ひとりの特性をお互いに理解してもらう研修をやっています。これは専門性が要らないから、パートさんも外国人も全員に受けてもらっていますよ。

もちろん、DXの勉強会もやっています。

これは好きな人が集まってですけどね、今までに作ったPython(パイソン:プログラミング言語の名称)のソフトウェアについて、どんな動きをしてるんだろうというのをみんなで見ながら勉強したり。

また、DX委員会では、ほかのDX認定企業さんを見に行くというのも2022年には2回ほどあったのかな。私たちが見に行けば、その企業さんも一生懸命発表していただけるし、お互いに切磋琢磨しながらやっていけますから、ありがたいです。

中小企業がDXを進めていくために

NISSYOの製造現場のみなさん(写真提供:NISSYO)

―― 今後、NISSYOはどうありたいですか。

私たちは事業として電気を扱っていますので、リアルタイムにデータをとって、工場のエネルギーロスをどうやって減らすかということに取り組んでいます。これは今後、SDGsに貢献できるところかなと思います。

また、会社は大きくならなくていい、と思っている中小企業の方々もいるかもしれません。

しかし、新入社員が入ってきて、その新入社員がずっと一番下でペーペーなのはよくないでしょうって思うんですね。新入社員として入社したら、来年にはまた次の社員が入ってくる。そうすると1年先輩、次の年には2年先輩になる。そういう会社でありたいですね。

そういう会社を目指さないと、社長がこのままでいいやって思ったら、そこで止まってしまう。

会社の成長には、やっぱり社員教育が必要なんですよ。社員教育をして、会社もどんどん成長させて、また社員教育をする。それは未来の税金を作ることになりますから。
日本の会社がみんなこんなふうになっていけば、労働生産性ももっと上がるんじゃないかなと思いますね。

―― これからDXを進める方にアドバイスをお願いします。

高いシステムを入れたがるけど、それはダメ。(笑)

システムにオプションは付けない、カスタマイズはしないってことですね。
たとえば当社でも、共通EDIを使うときにカスタマイズ部分が引っかかってしまったんです。そのカスタムを外すのに何十万円もかかりましたから。中小企業はソフトに合わせて会社の仕組みを変えてしまうほうがいいですね。

それと、社長自身が、時代の流れとかわが社に吹く風をちゃんと感じて、その風以上に速くわが社を変革していかないと時代に乗り遅れる。気がついたら1人取り残されて、みんな先を歩いていることになってしまいます。だから、やっぱりトップが危機感を持たないと難しいでしょうね。
大事なのはそういったトップダウンと、あとは、まずはやってみるということでしょうか。

ご相談窓口のご紹介

株式会社NISSYOはITコーディネータの支援でDX戦略の立案し、DX認定を取得されました。以下のサイトから、ITコーディネータに相談できます。

ITコーディネータ協会(ITCA)

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