DX推進のための自社の未来の描き方~事業領域・新規ビジネスモデルの描き方編~
DXを推進するためには、自社が将来どうなりたいか、「自社の未来」を描くことが必要不可欠です。
皆さんは、「自社の未来」を描くことができますか?
今回は、経済産業省が発表したDXレポートの策定にも携わり、日本のDX推進の旗振り役の1人である山本修一郎先生に「自社の未来」の描き方についてさまざまな角度から解説していただきました。
自社の未来を描くために
自主的にDXロードマップを策定・展開できる企業にとっては、「自社の未来」を描くのは容易でしょう。しかし、多くの企業は自社の未来を描くことが難しいようです。
たとえば、DXに関する講習会で下記の「DX戦略のロードマップ」の表に沿ってDX戦略を描く練習をします。そうすると、「現在のことはよく分かるのだが、未来が分からない」という人がたくさんいます。
未来が描けないと、変革も描けない。そしてDX戦略も描けません。
企業の担当者は、現在の業務をどうするかで頭の中がいっぱいで、先のことを考える余裕がないのです。未来から現在を見るバックキャストが大切だとわかっていても、過去からしか現在を見ることができなければ未来を描くことはできません。
この記事では、自社のDXを推進するために
- 事業領域
- 新規ビジネスモデル
- 業務プロセス
- 業務主体
- 組織の未来
の描き方を紹介します。
前編の本記事では、1. 事業領域と2. 新規ビジネスモデルの描き方について解説します。
①事業領域:どの事業領域でDXを推進するか
企業の成長を取り戻す第2の中核事業には、
- 既存の中核事業の次世代デジタル版(中核事業のデジタル版)
- 中核事業の周辺分野への新技術によるサービス提供(周辺サービス)
- 全く新たな事業への進出(新規事業)
があります。
しかし、「企業の成長を取り戻す第2の中核事業をどうするか(ジェームズ・アレン、クリス・ズック著 倉田幸信訳 ハーバードビジネスレビュー)」の調査結果によると、上述の1~3によって創出された事業のうち、「3.新規事業」は20%です。そして50%が「2.周辺サービス」で、残りの30%が「1.中核事業のデジタル版」としての企業DXなのです。
既存の中核事業をデジタル化する
全く新たな事業に進出する
成功する確率が小さいのは、「3.新規事業」です。これを成功させるには、どうすればいいでしょうか。
新規デジタルビジネスの創出においては、初期投資を抑えて、可能な限り早く成功する事業を発見する必要があります。
たとえば、Google元会長エリック・シュミットは、「一定量の時間の中で行える試行回数を、世界のだれよりも多くするのが我々のゴールである」と述べています。
また、Amazon創設者のジェフ・ベゾスも、「単位時間内に、できるだけ多くの実験を行える準備ができていなければならない」と言っています。
試作対象を小さくしなければ、短期間に仮説を検証できません。単に失敗を許容するのではなく、試行評価サイクルを高速化する必要があります。
新規デジタルビジネスを創出するために必要となる研究開発の高速化のためには、
- 小さな着手
- 技術的実現性の確認
- ユーザーストーリーによる概念定義
- アジャイル開発
- 事業仮説の実装評価
の5つからなるリーンR&D(むだのない研究開発)が提案されています。
新規デジタルビジネスの創出では、最初の着手段階で、MVP(Minimum Viable Product最小実用製品)を作成します。
たとえば、MVPを用いた仮説検証の内容を明確化するためのフレームワークとしてMVPキャンバスというものがあります。MVPキャンバスでは、顧客[WHO]、最小実用製品とその機能[WHAT]、ゴールとしての成果とその基準[WHY]、プロセス、経費と計画を記述します。
IPAの「DX実践手引書」に掲載されている中小プレス加工業の事例では、経営者が主導して作業日報管理システムを構築し、現場の負担を軽減しました。
この事例では、MVPとアジャイル開発を実践しています。現場の使いやすさを追求し、ICカードやQRコードなど、現物を触りながら様々な方法を試したといいます。短期間かつ低コストでMVPを作成し、現場の要件を反映させながらアジャイルで開発を進めるという、自社にあった形で作業日報管理のデジタル化を進めました。
②新規ビジネスモデル:新規ビジネスモデルの描き方
新たなビジネスモデルは、どのように描けばいいのでしょうか。
ビジネスモデルキャンバスは難しい?
新規のデジタルビジネスを創出しようということで、ビジネスの構造を整理して設計図にするビジネスモデルキャンバス(BMC)を描こうとすることがあります。しかし、BMCでは簡潔にビジネスモデルを表現できる反面、抽象化が必要になります。そのため、経験に乏しい初心者がビジネスモデルのアイデアを考えるのは容易ではありません。
たとえば、名古屋国際工科専門職大学で実施した「MaaSのためのビジネスモデルを創造する地域共創デザイン実習」では、担当した学生たちから「自分たちにはBMCでビジネスモデルを描くのは難しい」と言われました。
ビジネスモデルはユーザーストーリーからボトムアップで考える
そこで、まずカスタマージャーニーマップを用いて顧客の活動を抽出しました。その次に、サービスブループリント(サービスが顧客に提供されるまでのプロセスを視覚化する方法)で顧客の活動を支援するサービスを定義してから、BMCを考えてはどうかと指導しました。この結果、学生たちもBMCでMaaSのビジネスモデルを描くことができました。
同様に、リーンR&D(むだのない研究開発)の概念定義の段階では、まず顧客視点でユーザーストーリーを作成します。そしてそのストーリーに合ったユーザインタフェース(UI)を試作して、開発に必要な仕様を定義していきます。
このように、まず、具体的なサービスを提供する断片的なユーザーストーリーを集めていきます。そして、それをボトムアップでまとめていくことによってビジネスモデルを考えるほうが自然です。
ビジネスモデルキャンバス、サービスブループリント、カスタマージャーニーマップ、ユーザーストーリー、MVPキャンバスの構成要素の包含関係を以下の図に示しています。ここで、価値、価値定義、思考のように意味的に関連する用語を線で結んでいます。
この図を見ると、ビジネスモデルキャンバスが最も広い概念を表現しています。その中にサービスブループリント、カスタマージャーニーマップ、ユーザーストーリー、MVPキャンバスが含有されています。このように、最初から大きい概念であるビジネスモデルキャンパスを考えるのではなく、より少ない概念のユーザーストーリーやカスタマージャーニーマップから段階的に要素を追加していくと、ビジネスモデルを描きやすいでしょう。
名古屋大学 大学院工学研究科 情報工学専攻 修了。博士(工学)。NTT研究所を経て株式会社NTTデータにて要求工学、情報通信技術の研究開発に従事。同社初代フェロー、システム科学研究所所長を経て、名古屋大学情報連携統括本部情報戦略室 教授、大学院情報学研究科 教授として教鞭を執った後、現職。
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